フラクタル日除け
適応策Vol.10 神奈川県横浜市

官民協働の情熱がまちなかの暑熱対策を変える!
~「フラクタル日除け」と「熱線再帰フィルム」~

横浜市環境科学研究所の石原充也さん(右)、関浩二さん(中)、小田切幸次さん(左)

大都市・横浜はヒートアイランド現象の影響もあって年平均気温が長期的に上昇していて、毎年、数百人規模の市民が熱中症で救急搬送されるなど影響が広がっています。そのため、横浜市環境科学研究所は暑さ対策として期待できる2つの新技術(フラクタル日除け、熱線再帰フィルム)について民間企業と連携して実測調査を行い、いずれも暑さ対策に有効なことを確認しました。この調査が契機になって、フラクタル日除けは市内2カ所の保育園に導入され、園児や保護者らに好評です。同研究所の関浩二さん、小田切幸次さん、石原充也さんに話をうかがいました。

熱中症のリスクから市民を守るために

――2つの新技術の実測調査に、民間企業と連携して取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか。

横浜市環境科学研究所の小田切幸次さん(左)、関浩二さん(中)、石原充也さん(右)

気象庁が発表した「ヒートアイランド監視報告2016」によると、横浜市の年平均気温はここ100年当たりで2.8℃上昇しています。都市化の影響が比較的小さいとみられる15地点の平均上昇率(同1.5℃)と比べると2倍近い数値で、地球温暖化の影響に加えてヒートアイランド現象が影響していると考えられています。私たちの研究所でも2002年から市内の気温を継続的に観測しています。7~8月の平均気温は市内東部が高く、市内西部の大規模な緑地がある地域では低いことが分かりました。真夏日の日数は市内北東部が多く、熱帯夜の日数は東部で多く観測され、昼と夜では高温になる地域に違いがあることが分かってきました。

横浜市内では毎年数百人規模の市民が熱中症で救急搬送されており、2017年(5~9月)は734人にのぼりました。私たちの研究所は2015年6~9月に暑さと熱中症による救急搬送人員数との関係を調べました。その結果、暑さ指数(WBGT)が高くなるにつれ、1時間当たりの救急搬送者数が増える関係があることが分かりました。今後も平均気温の上昇が予想され、人の健康への悪影響拡大が懸念されています。また、2020年夏に開催される東京オリンピック・パラリンピックも迫ってきている中、新技術導入も視野に入れて暑さ対策に取り組む必要があります。

新技術の本格的導入には、その定量的な効果や費用対効果を見積もるための実測調査が必要となることも多いのですが、その費用が高額になることも多いです。市の財政状況が厳しい中、そうした費用の節約も目指して民間企業と連携して実測調査に取り組みました。

木漏れ日のような日除け、園児ら大喜び

――フラクタル日除けとは聞きなれない言葉ですが、よく見かける一枚布の日除けとはどう違うのでしょうか。また、実測調査の結果はどうでしたか。

保育園に設置されたフラクタル日除け

フラクタル日除けは、多数の葉っぱのような小片を立体的に並べてつくられた日除けです。フラクタル(自己相似的)とは、全体と一部が相似になる性質を持つという幾何学的概念で、樹木などの自然界にある複雑な形もこの概念を使って近似的に表すことができます。フラクタル日除けはこのフラクタルの考え方を日除けに応用したもので、京都大学人間・環境学研究科の酒井敏教授が発明して特許を取得、国内の2社(株式会社ロスフィー、セキスイハイムサプライ株式会社)がライセンスを受けて製造・販売しています。フラクタル日除けには、放熱効果が高いために日除け自体の温度が上がりにくい特徴があります。日除け自体の温度を低く保てるということは、その分熱放射も低く保てることになるため、従来の一枚布の日除けよりも暑さ対策の効果が高いと言われています。

2016年7月20~24日、株式会社ロスフィーと株式会社横浜赤レンガの協力のもと、横浜赤レンガ倉庫のイベント広場にフラクタル日除け(幅9m×奥行5.4m×高さ2.8m)を設置して実測調査を行いました。20日正午ごろの測定では、日除けの下の地面の表面温度は33℃で、ひなたの42℃より9℃も低いことが分かりました。ひなたの地面からはモワーという熱気が上がっていましたが、日除けの下では感じられませんでした。また、日除けの下の地面から1.5mの高さでの気温はひなたより平均で0.6℃低いことも分かりました。

さらに、同じ年の8月8~16日には横浜市水道局の販売する「はまっ子どうしThe Water」(ペットボトル入り横浜市オフィシャルウォーター)の保管倉庫でも実測調査を行いました。倉庫の屋根に2枚のフラクタル日除け(西側10m×6m、東側8m×5m)を設置して、設置した場所とそれ以外の場所での屋根の表面温度の違いなどを測定しました。9日午後1時半ごろの測定では、西側屋根の日除けを設置した場所の表面温度は55℃、設置していない場所は65℃で、日除けによって10℃低下していました。東側の屋根では日除けの設置によって7℃低下していました。また、日除け設置により倉庫内の気温を平均1.7℃低下させる効果があることも分かりました。

――なぜ実測調査を横浜赤レンガ倉庫で行ったのですか。

横浜赤レンガ倉庫のイベント広場に設置されたフラクタル日除け

横浜赤レンガ倉庫で行ったのには2つの理由があります。1つは観光客や市民が多く訪れる横浜赤レンガ倉庫で行うことで、少しでも多くの市民に暑さ対策に関心をもってもらえることです。もう1つは、実測調査にかかる費用の節約です。フラクタル日除けの設計・施工を行う株式会社ロスフィーが熱中症対策としての実測調査に賛同してくれ、日除け設置に協力してくれました。横浜赤レンガ倉庫を運営する株式会社横浜赤レンガも熱中症対策としての日除け設置の意義に賛同し、設置場所を無償で提供してくれました。こうした協力を頂いたことで、横浜市役所単独で実測調査を行う場合よりも事業費を節約できました。民間企業との協働により市の事業費を節約できた事業手法が高く評価され、2018年1月に横浜市職員技術提案の優秀賞を受賞しました。

――市民や観光客のフラクタル日除けに対する反応はどうでしたか。

横浜赤レンガ倉庫の屋内は冷房も効いて涼しいのに、多くの市民がわざわざフラクタル日除けの下で休憩していたのが印象的でした。人は日陰があって涼しい環境さえあれば、開放感のある屋外で過ごしたいものなのではないでしょうか。フラクタル日除けを設置した5日間で日除けの下の涼しさを体験したのは約370万人の市民のうちの数百人だったかもしれませんが、その数百人の気持ち良さそうな表情から暑さ対策の取り組みの可能性を感じ、とても励まされました。

――実測調査翌年には市内2カ所の保育園にフラクタル日除けが設置されました。評判はどうですか。

小田切幸次さん

横浜赤レンガ倉庫の実測調査を契機に2017年7月、市内都筑区の保育園2カ所のいずれも2階の広いルーフバルコニーにフラクタル日除けが設置されました。設置した日除けの耐用年数は20年ぐらいで、風速50m/秒まで耐えられるという試験結果が得られています。一枚布の日除けでは強風が予想される度に保育園の職員が日除けを外しており、「フラクタル日除けは手間がかからず助かります」との声が上がっています。また、園児や保護者からの評判も良いようですね。「空が見えたりするので木漏れ日の下で水浴びしているみたい。園児たちが楽しそうに遊んでいる」「日焼け防止のために園児にTシャツを着せていたが、いまは水着で水浴びができて気持ち良さそう」との声が寄せられているそうです。横浜市には18の行政区があり、都筑区でのフラクタル日除けの好評を知った他のいくつかの区から、導入方法や効果について都筑区に問い合わせがあったと聞いています。

熱線再帰フィルム、天空に反射して屋外の人にも優しく

小学校で行った熱線再帰フィルムの実測調査

――実測調査した熱線再帰フィルムとはどんなもので、どのような効果が期待される製品ですか。

日射が差し込んで室内が暑くならないよう、窓ガラスに貼って近赤外線(熱線)を反射させるのが遮熱フィルムです。従来の遮熱フィルムを使用した場合、斜め上方から室内に差し込む熱線はフィルムに反射して斜め下に向かいます。つまり従来の遮熱フィルムでは、室内の暑さは和らげられる一方で、屋外を歩いている人にとっては反射した熱線がさらに加わってしまいます。

これに対し、デクセリアルズ株式会社の熱線再帰フィルム アルビードは、フィルム内部の特殊な反射膜によって、斜め上方向から入射する熱線を斜め上方向に反射させる仕組みになっています。熱線再帰フィルムを窓ガラスの内側に貼ることで、熱線を遮へいして室内の暑さを和らげる効果に加え、遮へいした熱線を天空に返すことで、地表に向かう熱線を低減する効果があります。室内の人がより快適になるだけでなく、屋外にいる人にも優しいのが特徴です。

――小学校で行った熱線再帰フィルムの実測調査の結果を教えてください。

横浜市、デクセリアルズ株式会社、株式会社JVCケンウッド(熱線再帰フィルムの販路開拓・検証を支援)の3者が連携して2017年7月21日~8月25日、横浜市立上末吉小学校(鶴見区)で熱線再帰フィルムを使った暑さ対策の実測調査を行いました。

小学校で実測調査したのは、学校にはグラウンドがあり、熱線再帰フィルムの暑さ対策が効果を発揮するのに適しているのではないかと考えたからです。校舎3階の3教室を、①遮熱フィルムを貼らない、②従来の遮熱フィルムを貼る、③熱線再帰フィルムを貼る、に分けて、教室内の日射量や温度、グラウンドへの日射量などを測定しました。②では①と比べて教室内への日射量が37%低下し、温度は0.5℃低下していました。③は①と比べて日射量が49%低下し、温度は0.5℃低下していました。②③ともにフィルムを貼ることで教室内では暑さが和らいでいたことが分かりました。決定的に違ったのはグラウンドでの調査結果です。②では①に比べて日射量が11%増えており、従来の遮熱フィルムでは反射した熱線でグラウンドでの熱線が増えていることがよく分かります。一方、③では①に比べて日射量が1%低下していて、熱線再帰フィルムはグラウンドに向かう熱線も減少させていることが確認できました。

大きなビジネスチャンスに

関浩二さん

――気候変動による悪影響を緩和する適応策は、企業にとってビジネスチャンスになりますか。

適応策の推進に向けた新技術や新製品の開発は、新たな市場を開拓できるためビジネスチャンスにつながるはずです。また、フラクタル日除けも熱線再帰フィルムも新技術の核となる暑さ対策素材の開発・製造を行っているのは横浜市内の企業ではありませんが、暑さ対策の取り組みとして導入される際には横浜市内の企業が施工を請け負うことが多いと考えられ、市内経済への波及効果も期待できます。

いま通過点としてターゲットにしているのは、横浜市内でも競技が行われる2020年の東京オリンピック・パラリンピックと、2019年開催のラグビーワールドカップです。世界的行事は、気候変動について市民の意識を変えたり、新しいビジネスが生まれるきっかけになりうると期待しています。年平均気温が長期的に上昇傾向にあり、じわじわ暑くなっていく中で、オセロの石が一気にひっくり返るように市民の意識やビジネスのあり方が変わることは難しいとは思いますが、オリンピック・パラリンピックやラグビーワールドカップのような世界的行事であれば、変化のきっかけになりうると思います。東京オリンピック・パラリンピックを目的にするのではなく、今後の適応策の推進に向けた手段の1つとして取り組んでいきたいと考えています。

――こうした取り組みを行う上でどんなことに苦労しましたか。

民間企業と連携した取り組みを進めるうえで、行政と民間企業では組織の目的が異なる部分もあるため、どうすればお互いにとってメリットが得られるか、という点に一番苦労しました。フラクタル日除けの実測調査では、横浜赤レンガ倉庫という有名な観光地に設置してPRできることで企業側にもメリットを感じていただけたので、うまくウィンウィン(Win‐Win)の関係を築くことができました。また、今回のインタビューのように取り組みの成果をPRできる場をいただけることは私たちにとっても企業にとってもメリットですし、それがまた次の取り組みの原動力になるように思います。

小田切幸次さん(上)、日よけ(下)

――国や県から支援してほしいことがありますか。環境科学研究所として暑さ対策に取り組んだ感想を教えてください。

暑さ対策技術(遮熱性舗装、人工日除け、窓用遮熱フィルムなど)の導入には多額の経費がかかるものが多く、まだ十分に導入が進んでいないのが現状です。導入促進のためには、国や県が、導入しようとする市町村や民間企業へ補助金を出すなどの支援も効果的ではないかと考えています。

実測調査に取り組んだ感想として、保育園へのフラクタル日除けの導入は、横浜赤レンガ倉庫での実測調査が実を結んだと実感できて嬉しく感じました。小学校での熱線再帰フィルムの実測調査では実施にこぎつけるまで下見や打ち合わせを重ねるなど苦労しましたが、結果的にきちんとした定量的なデータを得られて結果を発表できて良かったと思っています。

私たちの研究所では、着目されていない技術の中から有望な技術を選び出し、それを展開していくための実測データにこだわっていきたいと思っています。国立環境研究所などともタイアップして、調査結果のデータ解析など、私たちの研究所だけでは及ばないような分野でも連携できればうれしいですね。暑さについては横浜市内でも地域差が大きく、暑さ対策についても一律に進められないところが難しいですが、効果的な取り組みを推進していきたいと思っています。

この記事は2018年1月24日の取材に基づいて書いています。
(2018年4月18日掲載)
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