インタビュー適応策Vol.16 静岡県

100年後の豊かな静岡を思考する

ふじのくに地球環境史ミュージアムは、全国で初めて気候変動適応に関する展示を設置しました。気候変動による影響と適応を自分事として考えるために、展示を通して様々な取り組みを行っています。ふじのくに地球環境史ミュージアム山田和芳教授と静岡県環境政策課守永泰寛主任に話をうかがいました。

気候変動適応を自分事に考える

静岡県では全国初となる博物館における気候変動適応に関する常設展示を設置しました。展示開始から2週間が経ったということですが、お客さんの反応はいかがでしたか。

山田さん:2019年6月29日(土)に常設エリアで展示を開始して、沢山の皆様に展示を楽しんでいただけているようです。展示の準備では苦労も多くありましたが、親子で本に触れたり、子供たちが中庭の生物を観察する様子をみると、無事に作ることができて本当に良かったと感じています。

気候変動や適応に関する展示を検討され始めたのはいつですか。

守永さん:2018年度に本県の地域気候変動適応計画である気候変動適応方針を作成するなかで、県民の皆様への普及の手段として、博物館での展示を検討するようになりました。ふじのくに地球環境史ミュージアムには”100年後の静岡が豊かであるため”という基本理念があり、気候変動適応と合致するのではないかと気づきました。それからミュージアムの山田さんに相談をして、同年秋頃から検討を始めました。環境月間が6月ということもあり、この期間中に公開することを目標にしていました。

山田さん:守永さんからはじめて相談を受けたとき、単発の企画展ではなく、恒常的に県民の皆様に伝えるべき内容だと感じました。ただ、気候変動適応は複雑で難しい一面もあり、どのような言葉で、どのようなデザインで伝えるか悩みました。展示に添える言葉は、情報が多すぎてもいけません。適応を自分事として考えてもらうために、どのような表現が良いのかと考えていました。そんなとき守永さんが国立環境研究所のイラスト素材やパンフレットをかき集めてくれました。これらを参考にすれば全くゼロからのスタートではない、そう思わせてくれたのはとても心強かったです。

守永さん:自分事として考えてもらうことは、個人の適応を促進するうえでとても重要ですが、個人ができることを展示に表現することは難しい面もありました。例えば、農業であれば、生産者は品種改良や栽培方法の改善を検討することが出来ます。行政は最新の知見を収集して提供することができます。それに対して個人ができることは何だろうと悩みました。これは農業に限らず、多くの適応の分野で言えることです。

こうした課題をどのように工夫されましたか。

山田さん:気候変動による影響に対して、個人でできることをシンプルに表現するよう心掛けました。展示では県の主力産品であるお茶やわさび、みかんといった農作物への影響と適応策を紹介しています。将来、気候変動の影響で静岡県産のみかんを食べられないかもしれないという予測に対して、仕方がないと受け止めるのか、みかんを大事にしようと意識するのか。我々は展示を通して自分事として考えるきっかけを提供していきたいと思っています。また、ミュージアム全体を通して、かつて高校だった名残を活かし、適応展示では机の上に本を置くという表現をしています。大人であれば誰しも一度は学校で教科書に触れた経験があると思います。そうした過去の経験を蘇らせる機会にもなれば嬉しいです。

守永さん:県内産品を購入することは生産者をはじめ関係者を応援することに繋がり、最終的には農業の適応を支援することになると考えました。適応展示を通して、地域の特産物に目を向けるきっかけになればと思っています。

夏に向けて日傘の展示も検討されているそうですね。

山田さん:守永さんからアイディアをいただき、中庭に日傘の展示を準備しています。自分でも簡単に適応できるということを、楽しく体験してもらえたら嬉しいです。

守永さん:環境省や埼玉県の取組などを参考に、県内でも日傘の普及を実施したいと考えていました。そこで山田さんに提案すると「良いですね!」と反応してもらったので、すぐに実現することができました。

山田さん:日傘の中は気温が2℃下がるといわれています。調べてみると、最近は男性も使いやすいデザインが多くて驚きました。まずは体験していただき、日常でも実践したいと思える機会になればいいですね。

対話型ミュージアムの誕生

ふじのくに地球環境史ミュージアムを設立された経緯を教えてください。

山田さん:1984年頃から県立博物館構想が検討され、県の総合計画にも位置付けられました。しかし、バブル崩壊で博物館構想は見送りになってしまいました。一度は消えてしまった構想ですが、研究者や愛好家たちを中心に、地域の自然を学習できる施設の設置の要望が継続されていました。ついに、2011年には県立高校の跡地利用の決定を受けて、当館の設置が具体化しました。一部の教室や机、椅子、黒板などはそのまま利用する形で、2016年に一般公開しました。

現在は何名でミュージアムの運営を行われているのでしょうか。

山田さん:在籍する職員は研究員6名を含む13名です。全国的に非常に小さな組織ですが、ミュージアムサポーターというボランティア登録者は100名を超えます。こうした地域の支えもあり、年間来場者数は増加傾向にあります。サポーターの皆様には館内外の整備やイベント企画、展示解説の補助などを助けて頂いています。
館内には常設展10室、企画展2室、裏庭には「自然観察路―生物多様性のみち―」という散策路を設けています。開館当初、標本をみた子供たちに「これは本物?」と聞かれたことがあります。私たちはこのことに衝撃を受けました。ひと昔前の子供たちは、様々な自然体験を通して成長してきました。しかし、現代の子供たちはカブトムシを捕まえる経験がほとんどありません。ゲームのなかでは知っているけど、標本をみてもオモチャだと捉えてしまう。こうした現実を受けて、子供たちが自然に触れられる場所を作ることが、博物館に求められることであり、我々の使命だと感じています。
さらに、展示解説を短くしているのも特徴です。まずは標本をじっくり観察してみる。分からないことはスタッフに質問をして理解を深めていく。我々もそうした質問にいつでも答えられる対話型ミュージアムを目指しています。

山田さん:現代の情報化社会において、インターネットで検索をかければいくらでも答えを得られます。だからこそ、博物館では本物に触れるという場を提供したいのです。展示物の囲いを必要最小限にしているのも、本物を間近に感じて頂きたいからです。はじめはお叱りを受けることもありましたが、壊されるリスクばかりを考えるのではなく、「展示物を大切にしよう」とお客さんに感じてもらえる空間づくりを意識することが大切です。開館からこれまでに展示物が破損したことはありませんし、子供たちも私たちの想いを察してくれているのではと思います。
また、地球家族会議という対話イベントは開館当初から人気を集めています。気候変動や生物多様性、水資源といった地球規模のテーマについて、20分間でスタッフと共に話し合います。たとえば「猛暑日が続いているのに、エアコンが使用できない」という状況に、将来予測の数値や県の施策などを提供しながら、自分たちにできることを考えていく場です。

対話に着目された理由は何でしょうか。

山田さん:展示物など、固定された情報は新たな情報の更新が難しいと思います。一方で、温暖化や気候変動を取り巻く状況は変化し続けていています。県民の皆様に最新の情報を提供するために、人が展示に介在することで実現できると考えました。職員やサポーターには毎月勉強会を開いていますし、研究員からは国内外の調査、学会で得られた知見なども共有するようにしています。また、県民の皆様に情報を頂くことも多いです。こうした対話を通して、ミュージアムは知の集積拠点になっていくことを願っています。

今後の展望やご意見などあれば教えてください。

山田さん:博物館は地域に開かれた場所です。全国には何千という博物館がありますが、地域の実情に適した新たな活用方法を探ることもできると思います。戦略的に推進すれば予算の確保にも繋がるはずです。博物館をもっと上手に活用してほしいです。我々も県民の皆様に「ここがあって良かった」と思っていただけるようにより良い博物館にしていきたいです。

この記事は2019年7月11日の取材に基づいています。
(2019年9月24日掲載)

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