インタビュー適応策Vol.2 兵庫県

高温障害から水稲を守る兵庫県の2つの取り組み

田園風景

近年、異常高温の頻発による玄米の品質低下が全国的に問題となっており、そのため、各地で栽培技術の改善や高温耐性品種の育成・普及が行われています。農林水産省の「平成28年地球温暖化影響調査レポート」によると、高温耐性品種の作付面積は平成28年に過去最高の9万1400haに達し、6年前の約2.4倍に増加しています。
日本一の酒米産地であり近畿一の米どころ、兵庫県においてもこの問題は深刻です。酒米の王者といわれる県産ブランド「山田錦」の高温対策と、新たなブランド米への挑戦について、兵庫県農林水産技術総合センターのお二人にうかがいました。

兵庫県農林水産技術総合センターの写真

科学的根拠をもって山田錦の最適作期を提示する

農業技術センター農産園芸部 加藤雅宣さん

温暖化の影響がみられるようになったのは1998年です。当センターでは、気候以外の栽培条件は固定して温暖化の影響をみる「気象感応調査」を行っていますが、この年を境に山田錦の穂が出る時期(出穂期)と収穫する時期が明らかに早くなり、品質低下につながる茎数・穂数の増加も見られるようになりました。実際に農林水産省が行う農産物検査でも、98年以降はそれ以前にくらべて等級が悪くなっており、酒造メーカーからは「溶けが悪い」*と頻繁に指摘されるようになりました。
※溶け=米の溶解性、消化性のこと。山田錦の米は麹菌の繁殖が容易で溶けやすい性質がある。

気象感応調査

気温の上昇は明らかでした。97年以前の10年間と98年以降の10年間の出穂から収穫まで(夏から秋ごろ)の期間の平均気温を比較すると、出穂期から収穫するまでの登熟期で2℃もあがっていたのです。登熟期の高温を回避するには、出穂期を遅らせるのが手っ取り早い方法でした。しかし、ただ単に「田植えを遅らせろ」といったところで農家さんは動いてくれませんから、科学的な根拠を示すことが必要だと考えました。

そこで、当センターは、山田錦の品質、酒造適性と気象との関係を解明するため、宮崎大学農学部、(独)農研機構・近畿中国四国農業研究センター、みのり農協と「酒米の高温障害抑制共同研究機関」を設立し、農林水産省の「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」(2010~12年)の支援を受け、2013年に「山田錦最適作期決定支援システム」を開発しました。Excelとインターネットの地図サービスを組み合わせて、ほ場ごとの移植日(田植え日)を表示するシステムです。

われわれは約40カ所の定点を設け、温度観測と生育観察を5年かけて行い、一方で近年10カ年の「気象感応調査」のデータから、山田錦の最適登熟条件が「出穂後11~20日の平均気温23℃以下」であることを突き止めました。それらを50m格子(メッシュ)単位の気温情報とともにシステムの基盤情報として組み入れ、ほ場の位置情報を入力することで最適移植日が表示されるようにしました。

システムは、2013年から産地の農協、農業改良普及センターに配布し、営農指導に役立ててもらっていましたが、その後、移植日が一覧できる「移植日マップ」を作成し、生産者も利用できるようにしました。現在はウェブ上で無料公開しています。最適移植日は、生産者が慣行でやられていた時期から1週間遅れる程度ですが、水利慣行のからみもあってなかなか移行できないケースもあるようです。それでも高温回避のひとつの方法を提示できたという点では意味があったと思っています。

稲作は、お天気次第というところがあります。なにもしなくても気候がよければ等級はアップしますし、収量も増えます。田植えを遅らせて、平年より気温が低かった場合は、収量、品質ともに落ちてしまいますから、4月下旬に出てくる気象庁の3カ月予報を参考にしながら、上手に活用してもらえればと思っています。

山田錦は当センターの前身である「兵庫県立農事試験場」で誕生し、80周年を迎えました。山田錦の生産者はとても熱心なので、さらにシステムの精度の向上に努めて「山田錦」の品質を守っていきたいと考えています。

山田錦

「キヌヒカリ」に変わる品種をできるだけ早く市場に出したい

農業技術センター農産園芸部 篠木佑さん

主食米の場合、出穂してから20日間の平均気温が27℃以上になると白未熟粒が増えてくるといわれています。白未熟粒とは、デンプンがうまく蓄積されなかったために玄米の一部が白濁して見える未熟粒の総称です。

兵庫県の主要品種である「キヌヒカリ」の出穂期はだいたい8月6日ごろですが、県内南部地域の多くは8月6日から向こう20日間の平年値が26.5℃以上で、ほんの少し暑くなっただけで一気に危険ラインを越えてしまいます。最近では、平成22年の夏がかなり暑く、全国的にも等級がぐっと下がったので、われわれも危機感を感じていました。

そこで、キヌヒカリに変わる兵庫県オリジナル品種を作ろうと、昨年度から県内のJAグループ全18機関と一緒に取り組みをはじめました。通常14年ほどかかる品種改良を、設備を整えて9年でやろうという試みです。

農業技術センター農産園芸部 篠木佑さんの写真
主食米のための新たな品種対策事業

主食米のための新たな品種対策事業

高温に強い品種かどうかをふつうに栽培して調べようと思うと何年もかかりますが、遺伝子に目星をつけておけば、研究期間を短縮することが可能です。例えば、高温に強い品種Aと高温に弱い品種Bを掛け合わせて、孫、ひ孫と作っていくと、強い個体と弱い個体とに分かれてきます。その強い個体が持っていたDNAと弱い個体が持っていなかったDNAを全部解析していくことで、強い個体が特異的に持っているDNAがわかる。それをマーカーにします。要はそのマーカーがついていると、高温に強いイネができるというわけです。

このDNAマーカーを開発するために、当センターでは昨年7月に高温耐性温室を作りました。検定温度は、今後の温暖化の影響を考えて平均28~29℃に設定していますが、どうやってこの条件を整えていくかというところで、いま非常に苦労しています。寒い年でもきっちりその温度帯を作らないと検定できませんし、温室を締め切った状態にしておくと簡単に40~50℃を越えてしまいます。イネは出穂後の10~13時ごろに花を咲かせますが、そのときに35℃を越えると花粉が死んでしまうといった「高温不稔」の現象がおこってしまいます。ですから、そうさせないためにこまめに窓を開けるなどして空調管理にも非常に気をつかっています。

温室に植えてあるイネは一株一株DNAが違っており、これから手作業ですべての白未熟粒率を調べます。気が遠くなりそうな作業ですが、できるだけ早く、高温に強くて美味しい米を市場に出していきたいので、気を引き締めてがんばります。

育種では、1回の仕事が完結するのに10年はかかりますので、私は常にそのくらい先を見据えて研究に取り組みたいと考えています。

高温耐性温室
この記事は2017年9月14日の取材に基づいて書いています。
(2017年12月22日掲載)

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