緩和と適応の両輪で『脱炭素社会』を実現する。(徳島県)
適応計画Vol.1 徳島県

むずかしく考えなくていい
要はいかに計画にのせるか

2017年1月、徳島県で「適応策」を本格導入した全国初の脱炭素条例が施行されました。仕掛け人である環境首都課・前課長の藤本真路さんは、一から「適応策」を立ち上げ、2年足らずで「緩和策」との両輪のしくみを作り上げました。スピーディーかつ先駆的な取り組みは、どのようにして実現したのでしょうか。環境首都課・新旧ご担当者にうかがいました。

部局横断の取り組みは
一対一の関係をつくる

藤本さん

――『徳島県気候変動適応戦略』の発案当初は、「適応」の用語もいま以上になじみのない言葉だったと思いますが、どんなふうに立ち上げられたのでしょうか。

藤本さん:かつて環境部局にいたこともあり、環境のことは常に気になっていたんですが、2015年4月に環境首都課長になりまして「徳島で何ができるだろう」といろいろ考えたんですね。冬にはCOP21も開催される予定でしたし、国が適応計画を作りはじめようとしているという情報もあって、そのとき初めて気候変動対策には「緩和」と「適応」の二つがあることを知ったんです。それで勉強していくと「緩和」は省エネにしても再生可能エネルギーにしても全国ほとんど同じような施策なんですが、「適応」は地域の実情に応じてぜんぜん違ってくると。「これこそ地域で作るべきなんかな」と感じたのがはじまりです。それから職場の人たちと話し合って、幸い県議会のほうから後押ししてくれるような質問などもあったりして、その年の半ばごろから順次進めていきました。

県庁からのぞむ徳島市の景色県庁からのぞむ徳島市の景色(淡路島まで見えます)

――その翌年10月に『適応戦略』を策定し、3か月後に施行される『徳島県脱炭素社会の実現に向けた気候変動対策推進条例』に、「適応策」としての基本方針を位置付けています。驚異的なスピードで着々と実行されているように見受けられますが、条例化することにあたって高いハードルを感じられたことはありませんでしたか。

藤本さん:特にそういう意識はありませんでした。私の性格もあるのかもしれませんが、新しいものにチャレンジしていくのが楽しいといいますか、部下の職員も一生懸命やってくれましたし、上司もとても理解がありましたので、みんなのおかげでスムーズにいったかなと思います。

――他の自治体さんから、庁内の体制づくりにたいへんご苦労されているというご意見をいただくことが多いのですが、各部局とはど のようにして連携を図ったのでしょうか。

藤本さん:最初は「適応戦略」の主旨を説明して、「適応」に類する目標や事業の提出をお願いしました。お願いするわれわれもそうですが、みんなほとんど「適応」という言葉を知らないんですよ。知らないながらも、すでに各部局で「適応」に準ずる事業をやってくれていたんですね。例えば、本県の特産品であるわかめは、水温が高くなると生産量が減少するという現実問題があって、すでにそのための品種改良が行われていた。そういった実例をあげながら、各部局の担当者と「適応」か否かの振り分けをしました。担当者同士は本当に話し合っていました。庁内の意識共有といいますか、知識レベルを合わせることが非常に大切だと思いました。「会議」のようなところで正直な話はなかなかできないと思うんですよ。実際に中身をやりとりするには、各部局と一対一の関係をつくっていくのが一番大事だと思いますね。

――各部局の方と「適応」を振り分ける際に、なにか判断基準はありましたか。

藤本さん:正直いって、あんまり難しく考えていないんですよね。ある程度おおまかなところで「ちょっと関係してそうかな」と両者が納得したら「適応策」に入れてましたので、言葉は悪いですけど妥協の産物的なところも多少あるかな。でも、厳密に切り分けていったらそれだけで疲れてしまいますから。本質はそこではないと思うんですよ。「適応」かどうかを判断することが大事なんじゃなくて、要はその事業をいかに計画に乗せていくか、だと思いますね。

数値目標を入れない
という選択肢はなかった

戦略イメージ

――「適応」が必要な分野を6つに分類されたのはなぜでしょうか。優先順位についてもお聞かせください。

藤本さん:徳島県の現状からすると「国民生活・都市生活」を1分野で展開するのはあまりに小さすぎるということで、「産業経済」と「県土保全」に入れ込みましたが、基本的に国の適応計画の7分野はすべてカバーしているつもりです。優先順位というのは特に考えてなかったですね。県民にとってすべて大事かなと思っていますので。本県は、全国平均を上回って高齢化が進んでいますし、急峻な地形や脆弱な地質、台風もよく来るといった特性がありますので、そういったリスクを低減できるようなしくみを各分野で整えました。

――「適応戦略」には、指標と数値目標が掲げられていますね。非常にチャレンジングな試みですが、数値を立てようと思われた経緯をお聞かせください。

藤本さん:確かに国の計画には数値目標はなかったと思いますが、われわれが計画を立てる際に数値目標は必須なんです。PDCAサイクルに数値目標がないのは計画じゃないんじゃないか、というのがわれわれ徳島県職員の共通認識と思っていますので、これを入れない選択肢はなかったですね。各事業にはすでに数値目標もありましたから、基本的にはそれを踏襲して、新規事業については各部局で目標を立ててもらいました。

――数値に予算を反映させるのは容易なことではありませんよね……。

藤本さん:けっこう先の目標を立てていますからね。本当は予算のもとがあって目標を立てていくのが一番いいんでしょうが、この時代2、3年先でもどうなっていくのかはわかりませんから。そこはできるだけ予算の裏付けを持ちながら、予算がない部分についても「できればこうありたい」という目標値を設定しています。中身的にはなかなかまだうまくいっていないところもありますが、まずは動いてつくってみようと。県の姿勢を県民のみなさまに示すことで県民のみなさまも動いてくれるのかなというふうに考えています。

――数値目標の進捗管理をされるための専門部会などは立ち上げられたのでしょうか。

藤本さん:はい。もともと庁内組織として「環境対策推進本部」というのがあったのですが、今回外部の有識者をお招きして環境審議会「気候変動部会」を立ち上げました。ここで、進捗状況を点検、評価し、PDCAサイクルに沿った進行管理を行っていくこととしています。

――計画を立てる際にご苦労されたのはどんな点ですか。

藤本さん:環境省や文部科学省の「適応計画支援事業」で支援を受けている都道府県もありますが、私どもは県単独で作成にあたっていたので情報収集が非常に難しかったですね。できるだけ気象の情報が手に入るよう気象台の方と連携をとって、先ほどご説明した「気候変動部会」にも入っていただきました。分野ごとの将来予測は、県の担当部局を通じて各省庁からもいただきましたが、一番頼りになったのはやっぱり気象台さんでしたね。情報収集にあたった担当の職員は苦労したと思います。

上:玉岡さん、下:青木さん

――実際に作業にあたられた玉岡さん、いかがですか。

玉岡さん:各部局は、基本的にこれまで積み上げてきたデータしか持っていないので、気象データ以外の将来予測をどこから持ってくるかというのは結構考えました。当時はA-PLATもなかったので、S-8のパンフレットなどから使えそうなものを直接もらったりしたんですけど、前提条件がいろいろあってどれをとればいいのかわからなくて。ただ、国が先に計画を作っていて、参考資料がオープンにされていたので、うちの県にひっかかりそうなものを見つけて、アウトラインだけでも見ることができたのはとても助かりました。手探りでやっていた感じなので、全体的にあまりシステマチックに作業できなかったんですけど。

青木さん:「適応」の分野はどちらかというと理系的な感じがしますよね。私も行政職で入ってきているので、やっぱりデータ的なものはすぐに理解できないことが多いです。いまは進捗管理の業務が中心なので必要ありませんが、文系の人にもわかりやすい資料があるといいなと思います。

南のピンチは北のチャンス!
「適応」のプラス面を効果的に

上:河崎さん、下:藤本さん

――実際のところ、県民の方々は気温や海水温の上昇を体感されているのでしょうか。

河崎さん:日々の事業活動のなかで体感していると思いますね。じつは私のいとこがわかめの養殖業を営んでおりまして、昔とくらべて種付けが遅くなったといってます。高水温の時期に種付けしても芳しい結果になりませんのでね。ただ、徳島市でハモ漁をしている漁師さんたちは、昔よりたくさんとれるようになったとおっしゃってます。これ、じつは南方系の魚なんですよ。ハモは京都の祇園祭や大阪の天神祭りなど関西の夏の祭りにはつきものの魚ということで非常に高値で取引されるんです。

藤本さん:気候変動の影響って悪いことばかりじゃないんですよね。今までとれなかったものがとれるようになる、新しい観光地が発掘される、ビジネスチャンスが生まれるなど、いい面もあるんです。本県では、昨年高温耐性品種のコメ「あきさかり」を商品化しましたが、これも新たなとくしまブランドになりつつあります。「適応」というとどうしても守りの部分が多くなってしまいますが、それだけでは面白くありませんから、こうしたプラス面をできるだけ効果的に使っていきたいと思っています。

河崎さん:日本全体で考えると産地が変わるかもしれませんね。南のピンチは北のチャンスかもしれない。南は南で今度は新しいチャンスをつかめばいいんです。

「3本の矢」で
『脱炭素社会』の実現へ

協働の森づくり

――さきほど高齢化や地盤など地域特性のリスクについてふれられていましたが、具体的にどういうものがあげられますか。

河崎さん:本県の75%は森林なんですね。台風での洪水や地滑りが多いうえに、中山間地域においては過疎化・高齢化によって、これに拍車がかかっているんです。ただ、森林面積が非常に大きいということは、「適応策」の面からいったら確かにリスクなんですが、「緩和策」の面ではCO2の吸収量という点で大きな役割を果たしているんですね。もちろん、放置してたら吸収量はそんなにたいして増えないんですけど。

藤本さん:森林には保水調整とCO2の吸収とふたつの役割がありますので、森林保全活動は「適応策」としても「緩和策」としても非常に大切なんですね。最近は、林業従事者を増やすために様々な取り組みをしていますので、若い人たちも関心を持つようになりましたし女性も増えてきました。「とくしま協働の森づくり事業」は、民間企業の方々がお金を出し合って、所有者だけでは整備困難な森林を整備していくという取り組みですが、現在100社以上の企業・団体のみなさんが参加して、県民総ぐるみの森林づくりをしています。

気候変動対策の「3本の矢」

――そういった取り組みも、県がしかけていらっしゃるのでしょうか。

藤本さん:ええ、そうです。森林資源、それに再生可能エネルギーなど、本県ならではの多様な地域資源を積極的に活用しながら、対策を通じて地域の課題を解決していこうと。それをわれわれは「3本の矢」として取り組んでいます。今回は「適応策」の話が主でしたが、本県ではあくまでも「緩和策」との両輪を基本に考えているんですね。あらゆる政策に「緩和」と「適応」の視点を持ち込んで相乗効果を図っています。その羅針盤となるのが、今年施行された新条例『脱炭素社会の実現に向けた気候変動対策推進条例』です。日本ではまだ「低炭素」という言葉がほとんどですけれども、そこをわれわれは世界の潮流を見据えて「脱炭素」としました。この「3本の矢」で、世界にさきがけて『脱炭素社会』の実現を目指しています。

――『脱炭素社会』を実現するための具体策には、どういったものがあるのでしょうか。

河崎さん:藤本課長の功績、もうひとつあるんですよ。彼ともう一人、室長で「水素グリッド構想」なども策定したところなんですね。県庁の入口に水素ステーションが存在しますが、現在、本県では公用車に6台、県内でも20台くらいの燃料電池車が走っていますよ。

藤本さん:燃料電池バスも導入して、ステーションもある程度県内各地に置いていこう、という目標を立てているんです。再生可能エネルギーの導入目標も、国が2030年に22~24%まで増やすというところを37%という非常に高い目標でやっていこうとしています。

燃料電池車と水素ステーション 燃料電池車と水素ステーション
左側:河崎さん、中央:藤本さん、右側:すだちくん 左側:河崎さん、中央:藤本さん、右側:すだちくん

――これから取り組みを進めていかれる担当のみなさんから、抱負を語っていただきました。

桑村さん:4月から環境首都課に配属になりました。『気候変動適応計画』は前任の藤本課長、玉岡係長が中心になって作ったものなんですが、徳島が日本をリード、世界をリードしていくために、「気候変動対策なら徳島」といわれるように、がんばっていきたいと思っております。

青木さん:玉岡係長の後任でこの4月から条例や適応を担当することになりました。去年、環境首都課のフォーラムに参加しながら「へえ~、3本の矢なんじゃー」と思ってた仕事をまさか自分がするようになるとは思っていなかったというのが正直なところですが、この仕事をするようになって、自分自身いろいろ考えるようになりましたし、ちょっとエコな生活してみようかなという意識も出てきました。今年度は、「県民総活躍を具現化していかなあかん!」ということで、ちょっとプレッシャーなんですけれども、がんばっていこうかなと思います。

高石さん:前任の方々に非常にすばらしいものを作っていただきました。今後これらを広めて「適応」を主流にしていくためにがんばっていきたいと思います。

原田さん:緩和策を担当しております。こちらも「温室効果ガス削減目標40%」など高い目標を掲げさせていただいております。その目標に向かって「今年はいろいろ具現化していかないかん! 新しいこともいろいろ考えていかないかん!」ということで、プレッシャーとかいろいろたいへんな面もあるんですが、『脱炭素社会』という大きな目標に向かって努力していきたいと思います。

河崎さん:私にとっては藤本課長そのものがプレッシャーなんですね。彼は県職員のなかでも優秀で、しかもやる気がとてもあるんです。その優秀さとやる気でもって、全国にさきがけて新条例、適応戦略を作ることができました。ただ、そのままだと絵に描いた餅になってしまいますから、これをおいしく食べられる餅にしなくてはなりません。ということで、私はこのあと実際に、それに取り組むわけでございます。相当なプレッシャーをもっていますけれども、当然やりがいもあります。これを実際に展開して普及させていくことは、ひいては県民のみなさんのためにもなりますので、精一杯の努力をしていこうと思っております。

原田さん、高石さん、青木さん、玉岡さん、桑村さん

――新条例、適応策の策定にあたられたお二人からメッセージをお願いします。

玉岡さん: 去年は『脱炭素社会』の世界にどっぷりひたっていましたので、「脱炭素」も「適応」も「当然みんなが知ってる言葉や」みたいに思っていたんですけど、離れてみると「脱炭素社会? えっと、えっと、なんだった?」という具合で。私がそんな感じなので一般のかたの耳にはまだまだ届いていない言葉だったり概念だったりするのかなと思います。今後も微力ながらお手伝いしていきたいと思います。

藤本さん:2年間無我夢中のうちに、いろいろやってきて新条例や適応策などを作ったんですけれども、この4月に環境首都課を離れることになりました。今年も引き続きやりたいなという気持ちもあったんですけれども。ただ、今度はこれらを外から見る立場になって、それを一県民としていかにして広げていくか、実践していくか、ということに力を注いでいくつもりです。環境というのは、どこにいても何をしていても関係してくるキーワードだと思いますので、これからも地球環境を守るためにがんばっていきたいなと思っています。

この記事は2017年8月3日の取材に基づいて書いています。
(2017年10月30日掲載)
PageTop