Staff interview #45
田和 康太(TAWA Kota)

兵庫県伊丹市生まれ。滋賀県立大学環境科学部生物資源管理学科を卒業後、同大学大学院環境科学研究科環境動態学専攻博士後期課程を修了。兵庫県立大学にて特任助教、土木研究所にて専門研究員を務めた後、2022年4月に現職に着任。

現在のお仕事の内容について教えてください。

再生湿地や遊水地における生物多様性について調査しています。千葉県の富里市では、企業や地元のNPO法人、大学と国立環境研究所が協同して耕作放棄された谷津の田んぼを管理・手入れし、湿地化したことで、水鳥や昆虫など水辺の生き物に新たな住処ができました。このように新たに創出された湿地が、生物多様性にどのような変化をもたらすか、また周辺の既存の湿地環境とはどのような生物相の違いがあるのかを水辺の生き物を対象に調べています。

遊水地調査では、遊水地が湿地の生物多様性保全にも貢献するのかを調べています。遊水地は、川の水が増えた時に一時的に水を貯めこみ、緩やかに川に戻していく治水施設です。近年は、豪雨が激甚化・頻発化しており、川の脇に堤防を設置するといった従来の対策だけでは洪水被害を完全に防ぐことが難しくなっています。水害や土砂災害から人間を守る取り組みのことを治水と言いますが、近年は、これまでのように川だけで洪水被害を防ぐのではなく、様々な関係者が一丸となって流域全体で洪水被害を防止・緩和する「流域治水」と呼ばれる新たな治水の時代に入ってきています。そこでは遊水地の活用が見直され、日本の各地で導入が進んでいます。平常時の遊水地は公園、グラウンド、農地などにも利用されますが、一部では湿地として管理されていることがあります。こうした場所は水辺の生き物の住処にも適していることがあります。つまり、遊水地には治水と生物多様性の保全を両立できる可能性があるのです。

遊水地の調査について詳しく教えてください。

現在は主に静岡県の麻機遊水地で調査を行っています。静岡県では1974年に七夕豪雨という災害がありました。漫画ちびまる子ちゃんにもこれをテーマにしたエピソードがあります。麻機遊水地は七夕豪雨をきっかけとして整備された大規模な遊水地で、現在はその一部に緑地公園が作られています。洪水時に一定以上の水位になると水が流れ込み、公園一帯が水につかりますが、通常時は遊具で遊んだり、いきもの観察をしたりする親子連れでとてもにぎわっています。遊水地が普段は市民の憩いの場になっているというのは、実は貴重な例なのです。この緑地の一画に市民の方々と協同して湿地を創出し、水辺の生き物の生息状況を調べています。湿地を創出すると、たくさんの種の水生植物やトンボ類、ナマズやフナなどの魚類がみられるようになりました。

遊水地が生物多様性保全に貢献すると考えられるのには理由があります。本来、河川では洪水時にある一定の水位を超えるとその水があふれて周辺の低地が水につかります。この低地のことを氾濫原と呼びます。氾濫原には水深や流速が異なったり、一時的な水域や恒久的な水域など、様々な特徴を持つ湿地環境が創出されるため、水鳥類や両生類、魚類、水生昆虫、両性類、水生植物など多様な生き物の住処となっていました。ところが連続した堤防整備や、都市開発などによって日本の氾濫原の大部分は失われてしまいました。繰り返しになりますが、遊水地は治水施設であるものの、洪水時に河川の水があふれて冠水します。この特徴は氾濫原とよく似ているのです。一部の遊水地では、氾濫原を好む植物が生育したり、まだ泳ぐ力が十分に備わっていない魚類の稚魚が洪水時に流れの速い河川から遊水地に避難してしばらくやり過ごし、また川に戻ることなども分かっています。ですが、遊水地は、治水のため施設という認識が強いので、現在の日本では生き物の生息場所としての観点からの調査研究は進んでいません。全国に150カ所の遊水地があるのですが、生物調査が実施されているのは現状そのうちの2割ほどです。また、氾濫原に比べると遊水地の冠水頻度はそこまで多くないと考えられます。平常時に人間がどうやって手を加えることで、遊水地の生物多様性保全に繋がるのかを明らかにするため、引き続き麻機遊水地で生物調査や湿地管理を行っています。

大学、博士課程ではどのような研究をされましたか。

母校の滋賀県立大学はフィールドワークの多い大学だったこともあり、博士前期・後期課程では滋賀県西部の里山の水田地帯や琵琶湖のそばの平野の水田地帯、大学の実験圃場などで、稲の水管理の違いがドジョウの生息にどのような影響を与えるかを調査しました。調査のため、水を張るタイミングを変えて、冬場から田んぼの全面に水を張ると、特にドジョウの稚魚の数が減りました。先ほどの氾濫原や遊水地の話にもつながるのですが、ドジョウはある程度乾燥した圃場に水が入るような水田環境(一時的な水域)を繁殖場所に好むようで、冬からずっと水を張ると餌となる動物プランクトンの発生状況が変化したりすることで繁殖がうまくいかないのです。ずっと水があればドジョウにとって良い水田環境となると考えていた私の予想は大きく外れ、今思うと、ここで研究の面白さを心から実感した瞬間だったかもしれません。また、田んぼに通っていると驚くほどたくさんのいきものに出会うので、次第にドジョウだけでなく、ゲンゴロウ類やトンボ類などの水生昆虫、両生類など他の生き物の生態にも大きな興味が湧いてきていました。

博士課程での研究内容を生かして兵庫県立大学の特任助教になられた田和さん。当時の研究内容について教えてください。

兵庫県立大学は県内各地にサテライトキャンパスがあります。私は兵庫県北部にある豊岡ジオ・コウノトリキャンパスに赴任してコウノトリの野生復帰に関する調査に携わりました。かつて日本を繁殖場所とするコウノトリのグループ(国内繁殖個体群)がいたのですが、1971年に一度野生絶滅しました。その際、最後までこのグループが生息していたのが、豊岡市です。長い野生復帰の取り組みの中、1988年に飼育下での繁殖が成功し、2005年から野外への再導入が実施されています。現在、コウノトリは野外で自然に営巣・繁殖しており、2023年現在、国内の野外個体数は400羽に近づくほどにまで増加し、その営巣場所も西日本を中心に関東まで急速に拡大しています。コウノトリが再導入されたことで生まれた大きな課題が、動物食性を示すコウノトリの餌となる魚類や両生類、水生昆虫などの水辺の生き物の多様性の高い湿地環境を豊岡に創出することでした。コウノトリは水田や湿地、河川の浅瀬を主な餌場とします。そのため、豊岡では、農薬量や水管理などが細かく要件として設定されたコウノトリ育む農法と呼ばれる環境保全型農業の実施や休耕田・耕作放棄された水田の湿地化、河川の浅瀬を掘削した氾濫原湿地の創出、海域から水田地帯までの水系のネットワークを保つ自然再生などが複合的に実施されています。ところが、それらの取り組みが水辺の生き物の多様性にどのような効果をもたらすのか、十分に研究が進んでいませんでした。そこで大学院で研究してきたスキルを活かし、これらの自然再生の生物多様性に関する効果検証に取り組むこととなったのです。とはいえ、それまで研究対象としてきたドジョウやカエル、水生昆虫が豊岡ではいろんなところでとにかくコウノトリのエサとしか思われていないことが最初はすごく嫌でしたね(笑)。逆にそのことが研究のモチベーションにもなりました。とにかく泥臭く水田や湿地の地べたを這いずり回って研究してやろうと・・・。

調査研究を進める中でいろいろなことがわかってきました。例えば,水田と湿地化した休耕田ではカエル類の種類が全然違いましたし、多くの種類のゲンゴロウ類にとって水田が繁殖場所となる一方で、秋冬から春先には湿地化した休耕田が生息場所となっていました。また、実際にコウノトリも水田や湿地化した休耕田を餌場として季節的に使い分けていました。そして湿地化した休耕田と氾濫原湿地とでも水辺の生き物の種類は全く異なっていました。とにかくいろいろな湿地環境を創出することが水辺の生き物に必要なのだなと、調査研究を通して実感しました。

兵庫県立大学で3年特任助教を務めた後は、適応センターから10分ほどの土木研究でコウノトリを含めた水鳥類やカエル類、魚類、水生昆虫を対象とした生態学的研究を行いました。河川環境を扱うチームだったので、河川の氾濫原湿地を主眼に置きつつも、水田の研究も継続していました。氾濫原湿地と堤防を隔てて立地する水田地帯の水鳥や水辺の生き物を比較しましたが、これもまた利用する種が全然違っていてとてもおもしろかったです。2022年4月からは適応センターでの研究に取り組んでいますが、冒頭でお伝えした通り、ここでも湿地を対象に研究しています。

長年、水辺の生き物の生息環境を研究されている田和さん。気候変動がもたらす生き物への影響を教えてください。

気候変動による国内の水辺の生き物への影響はまだはっきりと分かっていない段階ですが、生き物の繁殖期が変化してしまうことは予想できます。お米を育てるためのスケジュール(農事暦)は毎年だいたい決まっていて、田んぼに水を張る農事暦に合わせて繁殖する生き物がたくさんいるのですが、例えば気候変動によって農事暦がずれたり、栽培する水稲の品種が変わったりすると、うまく繁殖できず田んぼで生き残れない生き物も出てくる可能性があります。

今後の目標を教えてください。

湿地環境は全国的に減少する一方ですが、その中で、遊水地を作ることは治水の面でも有効ですし、そこを湿地化できれば水辺の生き物にとって生息場所を提供できる可能性があります。同じく、耕作放棄水田の湿地化も治水や水質浄化、生物多様性の保全といった様々な機能が見込まれるので、これからの時代に合った取り組みだと思います。適応センターに来て、気候変動の進行する環境下で人間と他の生き物も新しい関わり方を模索する必要があると感じています。治水や災害対策を行う中で、生き物にもプラスになるような、そして色々な人が楽しんで取り組めるような適応の方法を、明らかにしていきたいです。

前職の土木研究所の野球部に引き続き所属しながら、国環研の野球部でも練習に励む田和さん。先日、つくば市内の研究機関の野球部が集う軟式野球大会が行われ、準決勝は国環研vs土木研究所の対戦になったそうです!土木研究所チームで参加した田和さんですが、勝利したのは国環研チーム。「どちらのチームからもスパイ疑惑をかけられつつ、、(笑)国環研は強いチームなので楽しみながら自分もレベルアップしていきたい」とのことでした。田和さん、今後の活躍も応援しています!
取材日:2023年10月3日

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