インタビュー適応策Vol.17 宮崎県

牛も人も快適な暮らしを目指して

九州南東部に位置する日本のひなた宮崎県。全国有数の日照時間・快晴日数を誇り、温暖な気候を活かした農業が盛んです。畜産分野は県農業産出額のうち63%を占め、地頭鶏や宮崎牛は日本を代表するブランドです。ところが近年夏場の気温上昇による乳用牛の乳量低下や受胎率の減少、増体の悪化といった家畜への影響が懸念されています。宮崎県畜産試験場では暑熱対策などの環境ストレスを低減する様々な試験研究や技術開発に取り組んでいます。宮崎県畜産試験場の德留英裕場長、有馬典男研究企画主幹、家畜バイテク部の須﨑哲也部長、北野典子主任技師、松尾麻未技師に話をうかがいました。

地域の食を支える畜産試験場

宮崎県畜産試験場の概要を教えてください。

有馬さん:1920年に軍馬補充部用地を借り受けて宮崎県種畜場を設置し、2020年には創立100年を迎えます。現在は130haという広大な用地に肉用牛101頭、乳用牛62頭、鶏1107羽、川南支場には豚237頭、鶏3644羽を保有しています。

夏場の気温上昇により、牛はどのような影響を受けているのでしょうか。

須崎さん:乳牛は人間よりも温度・湿度の変化に敏感です。例えば気温は19℃でも湿度が100%であれば影響を受け、気温25℃以上だと湿度に関係なく影響を受けます。最近では夏季の乳量低下率が顕著で、4月(乳量が最大となる)に比べて8月は約10%も低下しています(図1)。

季節別乳量(H29.1-12牛群検定のグラフ

図1:季節別乳量(H29.1-12牛群検定)

市場では夏季の需要が最も高く、この時期に質の良い生乳を多く生産することが酪農家の方々には重要です。市場価値の高い夏季に標準を合わせるには前年7月~9月の受胎が必要です。ところが温暖化の影響で受胎率の低下が懸念されています。また近年、黒毛和種の子牛価格の高騰を背景に黒毛和種受精卵の需要が高まっています。通常1回の過剰排卵処理で6個程度の受精卵が採取できますが、宮崎県畜産試験場が行った試験では暑熱ストレスを受けた場合、受精卵が1個まで減少することがわかりました。

これまで試験場で実施された暑熱対策を教えてください。

須崎さん:2011年に「もうかる酪農経営へのアプローチ」を掲げ、モデル農家19戸を対象に実証試験を行いました。試験場の研究員に加え、専門技術指導員や普及員を中心とした調査研究会を立ち上げ、実態調査から農家ごとの処方箋を作成しました。実際の牛舎構造や既存対策、問題・課題点を整理した上で対策案を検討していきました。
また、試験場では、温湿度変化の見える化を図るヒートストレスメーターを開発していましたので、これを県内の全酪農家 (316戸)へ配布したのですが、それだけでは十分な効果を発揮できませんでした。ただ配布をして満足するのではなく、現場の実情に即した対策を提案することが必要でした。そこで調査研究会では、現場の実態を把握し適切な対策実施のためのマニュアル作成や普及啓発を行いました。それに加えて、牛体への自動散水システムの導入や牛舎屋根における遮熱性塗料の塗布といった新たな対策試験にも取り組みました。

新たな技術を農家の方々に提供される際、心掛けていることはありますか。

須崎さん:試験場が行う研究開発は普及員の方々が現場から得た要望をヒントにしています。農家の方々が低コストで導入でき、それらの費用対効果を検証して提示するように心掛けています。適切な暑熱対策を施すことで、懸念される季節別乳量は改善され、結果として収益性の向上に繋がるということを丁寧に伝えることが重要です。

効果のある試験研究に励む日々

現在はどのような試験研究に取り組まれていますか。

松尾さん:家畜バイテク部では①牛舎屋根への遮熱塗料塗布試験と②カウジャケットによる冷却処理の検証を行っています。①は8月初旬に遮熱性塗料を塗布した遮熱区と何もしない対照区の比較を行い、②は7~9月に牛にジャケットを着せて飼料を給与している間、シャワーをかけるシャワー区と対照区の比較を行いました。

それぞれの試験結果を教えてください。

松尾さん:①では牛舎内環境に効果があることが分かりました。遮熱効果のある塗料塗布により屋根裏温度は対照区と比べて20℃もの放射熱抑制効果が確認され、牛舎内温度も対照区より低くなりました。また、乳房炎発症の指標となる乳中体細胞数は、対照区では94%増加しましたが、遮熱区ではほぼ変化が見られませんでした(図2)。この調査結果から、遮熱塗料塗布により乳牛のストレス軽減や生産性改善の効果が期待されました。

図2:体細胞数

②ではシャワー区と対照区の膣温、血液性状、繁殖性を比較しました。今回の試験では2区の差はあまりみられませんでしたが、牛の健康状態の指標となる血液性状において、シャワー区の栄養状態に改善が見られました。

須崎さん:②においては、実際の冷却時間はスタンチョンで給餌している間の1日4時間程度でした。そのため目立った変化はみられなかったと推測します。牛のストレスには寒冷や風通しなどの施設環境も影響しますので、様々な要因を把握して対策を講じることが必要です。また、牛は恒温動物のため一時的に牛体を冷やして体温を変化させるわけではありません。現在は連続して牛体を冷やすための連続クーリングという試験にも取り組んでいます。このような試験結果は「酪農宮崎」という情報誌に掲載し全農家に発信しています。今後も現場における適切な暑熱対策を促進していきたいです。

有馬さん:実際は気候だけでなく様々な要素がストレスに影響しています。必要なデータを集めて暑熱の影響を見極めることは今後の課題だと考えています。

日々の業務に携わるやりがいを教えてください。

有馬さん:宮崎県畜産新生推進プランの実現に取り組んでいます。県の農業計画に基づき、全国のモデルとなるような安心安全で収益性の高い畜産を構築することが目標です。

北野さん:現在は黒毛和種の暑熱対策に取り組んでいます。ヒートストレスメーターのように実用的な仕組みを開発することは容易ではありませんが、現場で活用して頂ける技術や施策に携わることにやりがいを感じています。

松尾さん:日々の試験研究は必ずしも効果が得られるものばかりではありません。そうした事例も含めてすべて必要な試験だと考えています。

須崎さん:現場実証においては農家の方々と共に取り組むことが重要です。カウコンフォートという言葉のように、牛が快適に過ごせる環境づくりが重要です。牛のストレスを低減できれば、生産性は確実に高まります。このような生産者の意識向上にも貢献していきたいです。また、試験場では大学や若手畜産農家の受け入れなどを行っています。教育現場としても機能していけるよう、次世代の柔軟なアイディアを活かし、より良い技術開発が行われることを願っています。

この記事は2019年9月6日の取材に基づいています。
(2020年1月20日掲載)

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