(左)温暖化対策担当研究員原政之さん、(中)埼玉県環境部温暖化対策課主査の小林健太郎さん、(右)埼玉県環境科学国際センター(CESS)の研究推進室副室長の嶋田知英さん
適応計画Vol.4 埼玉県

適応策の順応的な推進により
県民の生命・財産・福祉を守る!

2018年7月23日に41.1℃を観測し、5年ぶりに全国最高気温を塗り替えた熊谷市が所在する埼玉県。2008年9月には緊急レポート「地球温暖化の埼玉県への影響」を発表し、2009年3月には埼玉県地球温暖化対策推進条例を制定するとともに、埼玉県地球温暖化対策実行計画「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050」を策定。2015年に策定されたわが国の適応計画より5年以上も前に、県全体で気候変動影響への適応策を推進してきました。その実装を支える埼玉県環境部温暖化対策課主査の小林健太郎さん、埼玉県環境科学国際センター(CESS)の研究推進室副室長の嶋田知英さんと温暖化対策担当研究員原政之さんにお話をうかがいました。

全国に先駆けて気候変動がもたらす影響を認識

小林さん

―埼玉県が先進的に適応の取り組みを始めたのは、何がきっかけだったのでしょうか。

小林さん:2008年5月に環境省の温暖化影響予測プロジェクトS-4が『地球温暖化「日本への影響」』を発表したことがきっかけです。それまで温暖化の影響というと、氷床が融解し海面上昇している程度にしか考えていなかったものが、日本でも私たちの生活の身近なところに影響を及ぼす可能性があるという発表は衝撃でした。新聞やテレビなどのメディアでも取り上げられたことで、埼玉県でも地域の気候変動の影響を強く意識するようになりました。県の研究所である埼玉県環境科学国際センター(CESS)がプロジェクトチームを発足させ、同年9月には緊急レポート「地球温暖化の埼玉県への影響」を発表しました。これを受け、埼玉県は2008年度末に「埼玉県地球温暖化対策推進条例」を制定し、気候変動影響への適応に対する姿勢を打ち出しました。このなかで、地球温暖化対策には温暖化効果ガス削減による緩和策の他に気候変動影響に対する適応策があることを定義し、県は適応策を実施することを明記しています。同じ時期に埼玉県地球温暖化対策実行計画(区域施策編)として「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050」を策定し、ここでも適応策の取組を1章設けて記載し、県の姿勢を示しました。このような動きは当時の日本の自治体では初めてのことだったかと思います。

―適応策の必要性が認識された後、ただちに施策の方針に反映されたのですね。適応策を推進するにあたり、どのように庁内の体制を整えていったのでしょうか。

小林さん:すでにあった地球温暖化対策推進のための庁内組織である「地球温暖化対策推進委員会」の下部組織として、新たに2012年2月に「適応策専門部会」を設置しました。温暖化対策課長を部会長に、企画財政部、危機管理防災部、環境部、保健医療部、農林部、県土整備部、都市整備部、企業局の課長級16人が部会員として参画しています。この専門部会では、各課の事業の中にある潜在的な適応策を掘り起こす作業に取り掛かりました。同時に、外部の有識者を招いて庁内の講演会を開催しました。当時は今ほど適応という言葉が周知されていなかったため、各課で業務を進める中で適応策を認識してもらうことが目的でした。こうした取り組みを環境部主導で進めていく中で、関係各課から課題の提起があったのです。

―順調に取組が進んだわけではなかったのですね。どのような課題が見つかったのでしょうか。

小林さん:適応策専門部会では、適応の視点から各課における既存の施策や事業が整理されましたが、こうした作業過程から大きく3つの課題が明らかになりました。1つ目は行政内部における適応策への理解が不十分であったことです。当時は今ほど適応という言葉が認知されていなかったことに加え、組織が大きいために各課での適応策を進めていこうにも、担当者が勉強会に参加をした程度ではその必要性を十分に理解できませんでした。2つ目の課題は将来の影響予測には幅があることです。行政施策は県民の生活に直接かかわる施策が多く、喫緊に取り組むべき課題もたくさんあります。そうしたなかで、予測結果によって影響に対する適応策が違ってくることについて、例えばインフラなどのハード整備に取り組む部署では対応が難しい、という声がありました。最後の3つ目の課題は適応策の主体が明確でないことです。これまで温暖化の緩和策は環境部が中心となり対策を行ってきましたが、適応策は農林部、県土整備部、保健医療部、企業局といった多様な部局が関連することから、主体が誰でどの範囲を管理するのか明確ではなかったのです。

適応のメインストリーム化(主流化)に向けて

「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050」改訂版

―課題の1つ目である、適応策の理解を進めるために、どのような取組をされたのでしょうか。

小林さん:「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050(改訂版)」では、埼玉県の適応策の進め方を2つ示しました。1つは施策の総合化・体系化です。どの分野でも適応を意識してもらえるよう、適応の「メインストリーム化(主流化)」を進め、部局の計画に盛り込んでもらえることを目指しています。一足飛びには進まないかもしれませんが、2014年4月に本県の河川砂防課が治水施策について行った報道発表では「治水対策は気候変動への適応策としても重要です」というPRをしたことがありました。河川砂防事業の担当課からも適応策について発信してくれたことは、メインストーム化が進んでいるのかなと思います。

―県庁内で適応策を推進するために、どのような工夫をされていますか。

小林さん:県庁内では適応策専門部会での定期的な会議やメーリングリストの活用などにより情報共有を促進しながら、CESSの支援により国のプロジェクトや専門家と連携することで、県庁全体の適応策の取組を支援しています。市町村との連携については、2018年3月に市町村との会合を開き、気候変動適応法成立に備えて今後協働していくことを確認したところです。県民や事業者、関係団体等とのコミュニケーションは、まちのクールオアシスなどの暑熱対策など、各課が実施する事業を通じて取り組んでいるところですが、今後の国の活動やA-PLATなどを通じて、さらに促進していければと考えています。

―課題の2つ目、影響予測には幅がある、についてはどのようにお考えでしょうか。

原さん:影響予測には幅があるのは確かであり、気候変動予測の幅、気候変動影響予測の幅それぞれについて無くすことはできないですが、世界中の研究者の努力により、過去の予測と比べると最新の予測では、その幅が小さくなってきています。このような情報をいち早く取り入れることも大事です。

右 嶋田さん、左 原さん

嶋田さん:将来の気候変動がどのような影響を及ぼすか、正確に知ることはできません。だからといって、対策を打たないわけにもいきません。そのため、今の研究結果から将来の影響を検討する必要がありますが、これには幅があるため、その幅の中で影響の度合いに応じた複数の対策メニューを予め検討し、既存の施策とあわせて準備しておくことが重要です。こうした考えをPDCAサイクルにも取り入れています。温暖化対策課とCESSがモニタリングや影響予測などの情報を、施策の中心となる関係部局に提供します。各部局はこの情報に基づいて、あらかじめ複数の適応策を用意しておき、気候変動影響のモニタリング結果を見ながら段階的に事業を実施します。さらに各事業の進捗状況は、温対課が把握するよう努めています。こうした取り組みを私たちは、「適応策の順応的な推進」と呼んでいます。

農業分野での適応策導入に向けた先行的な取組

―3つ目の課題である適応策の主体については、どのように取り組まれたのでしょうか。

小林さん:どこが主体となって適応策を進めるかは、今でも難しい問題だと認識しています。気候変動が及ぼす影響の範囲は広く、それぞれの対策は各課が既に行っているものが多いためです。例えば、気候変動によって将来の降水量が増えることに対して、治水対策を強化する適応策を検討してみるとします。河川や下水道の治水施設と雨水の流出を抑制するような施設によるハードな対策を行っているのは県土整備部、下水道局それに都市整備部です。一方、土地利用や警戒体制、情報公開などのソフトな対策は、県土整備部、都市整備部と環境部や危機管理防災部の管轄、といった具合に多くの部局が関わってきます。ですので、県の内部でどのような事業を行っているのかを「適応策」の観点から整理し、県庁が実施する適応策の全貌把握に努め、それが主体の明確化につながりました。

―治水対策ひとつにおいても、複数の部局が関係するのが適応策の難しいところなのですね。どのようにして部局間で連携したのでしょうか。

小林さん:まずは気候変動影響がすでに現れていた農業分野で検討を実施し、そこで得られた経験を他の分野にも活かしてみる、という方針を立てました。様々な分野において気候変動による影響が出始めているなか、最も影響被害が顕著だったのは埼玉県の代表水稲品種「彩のかがやき」です。2010、2012年において高温障害のためお米の品質が低下しました。販売に適さないと判断されたお米を県庁内の食堂で提供するといった対策を取ったほどです。これにより気候変動の影響が非常に注目されることになりました。農業においては他県も同様に温暖化(気候変動)の影響を受けやすく、近々の課題となっていると思います。そこでまずは適応策を取り入れてみようということになり「農業分野温暖化適応策検討会」を開催し、CESSと農業総合研究センター水田研究所(当時)に加え、県庁から生産振興課と温暖化対策課の4者で適応策を検討しました。こうした検討を進めるにあたり、国のプロジェクトS-8に参画した研究者の方々にも支援いただきました。

―農業分野温暖化適応策検討会で明らかになったことは何でしょうか。

埼玉県の適応計画「地球温暖化への適応に向けて~取組の方向性~」

小林さん:具体的な品種としてコメと麦を取り上げ、短期(2~3年後)、中期(20~30年後)、長期(50年後~)の気温を予測し、品質にどのような影響があるのか、どのような対策があるのかを分析しました。その結果、埼玉県の将来の気温は、条件によっては高知県や鹿児島県の気温程度まで上昇するといった予測が示されました。気温上昇の予測に応じて、それぞれの作物にどのような影響が出るかを調査し、その対策を検討してみました。さらに健康、水災害・水資源、自然生態系の4つの分野で影響の可能性がある現象と将来影響予測を整理しました。こうした作業でまとめられた各分野での適応策の方向性も、「ストップ温暖化・埼玉ナビゲーション2050(改訂版)」に掲載しています。

さらに2015年度3月には埼玉県の適応計画「地球温暖化への適応に向けて~取組の方向性~」を作成し、これを埼玉県の適応計画と位置付けました。これは、先の温対計画の改訂の際に検討した適応策の内容を、政府の適応計画を参考に、より具体的に示したものです。このようなすみやかな対応が実現できたのは、適応策専門部会などを通して継続的な情報共有体制が整っていたからこそだと思います。

将来の気候変動から県を守るために

―環境部局が適応策について取り組む上で重要なことは何でしょうか。

小林さん:各施策を実施するなかで自然に気候変動の影響を考えるような視点を育て、適応をメインストリーム化するきっかけ作りを意識しています。環境部として新たに何か特別なことをするのではなく、県内ですでに取り組まれている施策から適応策と考えられるものをまず整理し、それを関係者と共有することも重要です。適応という言葉を全面に打ち出すと、そのために新たな仕事が生まれるのかと考えられがちなので、各部局とコミュニケーションをとりながら将来の影響に対してこういった対策が必要なのではないか、といった情報を提供するようにしています。また、行政職員だけでは専門性の高い情報の取り扱いには限界があります。埼玉県が気候変動の影響や適応に関する高度な科学的知見の収集・整理・発信をするためにはCESSの存在が必要不可欠です。担当者間では連日のように電話や対面で情報を共有していますし、密な連携体制こそが施策への反映を支えていると思います。

原さん:CESSでは、国内外の大学・研究機関による気候変動の影響や適応に関する科学的知見や最新の状況などについて様々な情報を温暖化対策課の職員の方々へ提供・解説ができるよう、取り纏めています。また、CESSの研究員は長期間に渡って研究所に在籍する職員が多いため、これまでの気候変動対策をはじめとする環境対策に関する情報が蓄積されています。これらの過去の状況について温暖化対策課の職員の方々へ伝える役割も担っています。

小林さん

―適応策に関する取り組みを先進的に進める埼玉県。それを支える小林さんの適応にかける思いについてお聞かせください。

小林さん:私自身3年前に温暖化対策課に異動して初めて適応を知りましたが、気候変動適応への考え方は非常に理解できると感じました。また、条例の制定から間もなく10年。これまで適応に携わった担当者が各部局で活躍しておりますので、庁内における適応策への理解が少しずつ広がってきているのではと感じています。埼玉県は快晴日数が全国最多であり、土砂災害が日本一少ないという大変住みやすい土地柄です。とはいえ、今後の気候変動によって影響を受ける可能性があることを十分に理解しなければなりません。気候変動への適応策は、長期的な課題です。県庁内では短期的に人事異動が行われますが、行政においては継続性が重要であるため、担当者が変わることでこれまでの取り組みを途絶えさせてしまうことはあってはならないと思います。今後も各部局やCESS、近隣自治体との連携をより一層強めながら、将来の気候変動を見据えた対策に取り組みたいと考えています。

この記事は2018年7月30日の取材に基づいて書いています。
(2018年9月5日掲載)
PageTop