(左)長野県環境保全研究所:浜田さん、(中)長野県環境部環境エネルギー課:松本さん、(右)長野県環境部環境エネルギー課:栁澤さん
適応計画Vol.6 長野県

適応策パッケージを具現化!
環境エネルギー政策と地球温暖化対策を統合的に推進する

長野県は2013年度に「長野県環境エネルギー戦略~第三次長野県地球温暖化防止県民計画~」を策定しました。エネルギー政策と地球温暖化対策の統合的な推進を目指し、気候変動に関するモニタリング体制とプラットフォームを計画期間中に構築するという「適応策パッケージ」を位置付けました。地域における気候変動の影響を把握し、県民にいち早く情報を提供する体制を構築した県の取組について、長野県環境部環境エネルギー課の課長補佐兼温暖化対策係長松本順子さん、主事栁澤和紀さん、長野県環境保全研究所の主任研究員浜田崇さんにお話をうかがいました。

適応策パッケージを県の環境エネルギー戦略に位置付け

―長野県では、2013年度に「長野県環境エネルギー戦略~第三次長野県地球温暖化防止県民計画~」を策定し、全国に先駆けて適応策の必要性を明示しました。策定にあたり、部局内ではどのように検討を進められたのでしょうか。

松本さん:環境部では、環境エネルギー戦略策定に先立ち、これまでの温暖化対策全般を見直し、長期ビジョンの効果的な施策等について議論する検討会を2012年度に立ち上げました。分野ごとに検討を進める分科会があり、そのひとつに適応策がありました。適応策パッケージ(図)は、こうした分科会でタスクフォースの皆さんと議論を進めながら作られたものです。そこにはモニタリング体制を構築すること、県民とのコミュニケーションをはかるプラットフォームの必要性が明示されています。この体系を環境エネルギー戦略に位置付けたことで、計画期間中に全うするという具体的な行動指針に繋がったのだと思います。

また、県のエネルギー政策を熱心に取り組むべきという県全体の方針もあり、外部の有識者などを招聘しながら、環境部の組織強化をはかったことも、踏み込んだ検討に繋がった一つの要因と考えます。さらに、今ほど適応が認識されていない中で、こうした検討を具体化できたのは、2010年に環境省環境研究総合推進費戦略研究開発領域S-8に参画したことが大きなきっかけだったと思います。

(図)「地球温暖化適応策パッケージ」体系図 「地球温暖化適応策パッケージ」体系

出典:長野県環境エネルギー戦略~第三次長野県地球温暖化防止県民計画~ p.51

浜田さん:研究所では、2003年度から地域の気候変動に関する研究を始めました。それから6年後に発行した研究報告書が、法政大学の田中充先生の目にとまったことがきっかけでS-8に参画することとなりました。S-8に参画したことで、国立環境環境研究所の肱岡さんや東京都市大学の馬場さんといったS-8プロジェクト関係者には、検討会で講演していただいたり、県における将来予測の研究成果などの情報を提供していただきました。ただ、松本補佐も話していたように、内部から適応策が本当に必要なのかといった議論もあり、当時のS-8プロジェクト担当者からは適応の重要性を県庁に対して粘り強く働きかけていたと聞いています。

急峻な地形と高山帯を考慮した適応策

―2012年度から適応策の検討を始められたのですね。適応には様々な分野が関連しますが、各部局における気候変動の影響をどのように把握されていますか。

栁澤さん

栁澤さん:環境部では、昨年度から意見具申に基づく影響調査表を作成しています。今年はさらに施策を実施する上での課題やボトルネックを記入する欄を設けました。既に影響が生じているかどうか、対策を実施している場合はその内容について、対策が取れていない場合はその課題について関係各課に記載協力を求めています。

松本さん:この表を作成した背景には、信州・気候変動適応プラットフォームでは農業、防災、生態系、健康といった分野毎の部会を設けているのですが、それらの活性化を図るといった狙いもあります。各部局でどういった対策が取られているのか、認識はどうなのかといったことを「見える化」することが必要だと考えています。

栁澤さん:2016年にプラットフォームを設立しましたが、県内における具体的な適応策に結びついていないことが課題でもあります。そのため環境部ではこの調査表を基に、まずは既に実施されており、気候変動の視点を加えることで適応策となりうる施策を把握し、適応策として打ち出したいと考えております。さらに次の段階として、誰が何処で何に困っているのかを把握し、適切な支援を行うことで、今後の適応策の創出に繋げたいと考えています。また、本県を地図上で見ると、近隣の地域でも実際には標高の差が大きい場合もあります。そういった現場レベルでの影響を把握するためには、やはりモニタリングが重要なのだと思います。

浜田さん:影響の把握については、研究所ではモニタリングで得られたデータを解析して、県内の気候変動の実態や生態系への影響について研究成果を提供しています。ただ、気候変動やその影響などの研究成果をそのまま提供したところで、それを自分で理解して活用できる人はまだ少ないと思います。研究成果を提供する側と受け取る側の間に、もうワンクッション必要で、たとえば直接両者が顔をあわせて研究成果について意見交換ができるような場あるといいのではないかと思っています。その機能をプラットフォームが担っていけるといいと思います。今後プラットフォームの専門部会などを通じて研究成果に対する要望が出てくるようになれば、我々の研究成果を活かせる機会もぐっと増えるのではないかと思います。

―環境部では、各部局を対象とした影響調査表を独自に作成しているのですね。こうした影響への対策として、長野県ならではの取組とはどのようなものが考えられますか。

松本さん

松本さん:長野県は多くの山に囲まれており、急峻な地域にも人が住み、生活が営まれています。近年の気候変動により、これまで想像もしないような強雨が降り、土砂災害へのリスクが高まっていると感じています。県として、山を守り、そこに住む人々の命を守るためには、災害に強い地域づくりが求められると思います。また、高山帯には、ライチョウをはじめとする貴重な動植物が生息しています。それら生態系への影響が、気候変動とどの程度関連づけられるかは分かりませんが、県の重要な資源として次世代に引き継ぐためには、気候変動の観点を取り入れ、どのような対策(適応策)を取るべきかを検討しておくことも必要だと考えています。

浜田さん:文部科学省気候変動適応技術社会実装プログラムSI-CATでは、生態系の適応を扱っているモデル自治体は長野県だけです。自然生態系における気候変動への適応については様々な考え方があります。本来、気候が変われば、その気候に自然に適応するのが生態系です。その意味では、あえて自然の遷移に任せることも適応策と言えますし、一方で気候変動によって絶滅の危険に晒されてしまう種を保護することも適応策と考えられます。どのような対策を適応策として捉えるのか、種毎に検討する必要があるのかなど、対策を決断するうえでは非常に難しい部分もあります。そこで、私たちとしては、さまざまな適応策のメニューを整理・提示することで、当事者(対策を実施する方々)に最善の対策を選んでもらえるようにしたいと考えています。現在そのようなメニューの作成を森林総合研究所と共同で行っているところです。これが上手く進めば、長野県らしい取組みになるのではないかと思っています。また、自然景観は観光産業とも直結していますので、生態系の適応策は自然環境の保全という側面だけでなく、観光産業においてもその効果が見込めるのではないでしょうか。

―生態系における影響への適応については、様々な考え方があるのですね。生態系における具体的な適応策があれば教えてください。

浜田さん:生態系への影響が、人間に対しても影響が出る場合には、それに対してどういった手を打っていくのかを考える必要がありますので、これは適応策といえます。また、生態系の機能を活かした適応策というのもあります。例えば、津波の被害を軽減するために沿岸に植林したり、森林の保水機能を高めることで河川流量を増やさないようにすることも適応策になります。もちろん、気候変動によって絶滅の危機に瀕する種を保全することも適応策です。ただ、これらはすぐに実践して効果があがるものばかりではありませんので、こうした考え方をきちんと持っていることが重要だと思います。

―生態系だけでなく、各分野において喫緊の課題などが優先されるなかで、将来を見据えた適応策を推進することは難しいといった声もあります。そのような中長期的な視点を持った施策の推進については、どのようにお考えですか。

浜田さん

浜田さん:各分野の施策や計画において、将来の視点があるかどうかで変わってくると思います。目の前の課題に対する取組が将来に活かされることもありますので、環境部から各部局に対して、そのような適応への認識を高めることができれば、今後県内の適応策は一気に増えてくるのではないかと思います。
また、研究所としては、今後どの地域が一番危険なのか、たとえば熱中症のリスクが最も高い地域はどこなのかなど、起こり得る影響のエリアを明示できないか検討しています。その情報があれば、どの部局に話を持ち掛ければよいのか、リスクが高ければ取り組むべき優先順位が何か、を決めることができます。その場合、将来予測は補完的なものであって、過去の災害等の実際に起こった記録に基づいてエリアを特定していくことが必要です。地域気候変動適応センターや自治体においては、将来予測を自前で実施することは非常に難しいと思いますので、影響評価や最新情報を収集できる体制を作るのと同時に、過去の経験値を活用して、これまで起きた影響について調べることが最初の取組ではないでしょうか。

77市町村で構成される長野県
プラットフォームを通して地域の適応推進を目指す

―長野県では、2016年に地方公共団体として初めて「信州・気候変動適応プラットフォーム」を立ち上げました。その目的と設立経緯を教えてください。

松本さん:信州・気候変動適応プラットフォームの目的は、信州・気候変動モニタリングネットワークなどから得られたデータをいち早く県民や事業者に提供し、県民とのリスクコミュニケーションを活発に行う場として機能することです。地域団体や地元企業を含む50の組織で構成され、プラットフォーム構成員による適応に関する技術開発や施策立案に繋げるという狙いがあります。立ち上げに当たっては、これまで部局内で関係のあった企業などをリスト化して、環境エネルギー課の担当者や研究所の職員が1軒ずつ説明に回るなど、骨の折れる作業だったようです。

―プラットフォームの設立までには大変なご苦労があったのですね。12月には気候変動適応法が施行され、各市町村における適応の推進も注目されています。信州・気候変動適応プラットフォームを基盤に今後はどのような連携を取られていくのでしょうか。

栁澤さん

栁澤さん:プラットフォームでは、農業や防災、生態系、健康の4つ分野で専門部会を設けています。それぞれ10~20名程度の参加者がいるのですが、今年9月に実施した健康部会には長野市にもオブザーバーとして参加していただきました。熱中症対策や防災などは、県の取組だけでは限界があります。専門部会では市町村との連携を求める意見が挙げられていますので、今後市町村の方々にもプラットフォームに参画して頂きたいと考えています。

浜田さん:県と市区町村にはそれぞれ役割があると思います。例えば、熱中症の現場である学校などは市町村の管理であり、県では普及啓発しかできません。誰が主体となるかは分野によって異なりますが、街づくりまでを考慮した具体的な熱中症に対する適応の推進となれば、市町村が主体となるでしょう。

松本さん:長野県には77の市町村があり、なかには千人を切るような自治体もあります。そのような小規模自治体においては、気候変動への適応について専門性のある人材を配置することは難しいと考えます。まずは規模の大きな市から認識を高めてもらい、出来るところから取り組んでもらいたいと考えています。

加速する行政と研究機関の連携体制

―最後に環境部ご担当者として、適応に携わるやりがいは何でしょうか。

栁澤さん:大学時代に環境エネルギーを学んでいたことで、気候変動適応という言葉には多少馴染みがありました。環境エネルギー課に配属となり、1年目でこれから大きく動き出す適応の分野に携われることに非常にやりがいを感じています。12月には気候変動適応法が施行され、国環研が主催した「自治体意見交換会」では、全国都道府県の担当者と共通課題について解決策を考える機会となり、日々の業務のモチベーションとなっています。一方で、庁内の認識の違いにより、分野を横断的に取りまとめるには時間を要します。環境部の担当として、今後より丁寧な情報発信が求められると思いますし、県民を含む適応への認識をさらに高めていきたいと思います。

松本さん

松本さん:環境部に配属され2年になりますが、気候変動への適応を自分自身理解するとともに、他部局等に理解してもらうことに苦労しています。今回の法施行は全国的に適応を周知するいい機会になったのではと思います。今後は国レベルで関係機関が連携することで、地方公共団体の庁内連携も加速することを望んでいます。今後も研究所の浜田さんはじめ、有識者の方々にも教えて頂きながら、まずは県の組織内において気候変動適応に関する認識の共有ができるよう努力していきたいと思います。

浜田さん

浜田さん:行政と研究機関の連携はここ2年で加速しています。地球温暖化対策として緩和策が主流だった頃から個人レベルでの繋がりはありましたが、松本課長補佐と栁澤主事がエネルギー課に来てからは雰囲気が変わりました。庁内に適応策の考え方を普及させることが難しいといわれます。研究所としては、まずは一番身近な環境エネルギー課の担当者に適応策を理解してもらうことが必要不可欠ですが、意外とここが難しいケースもあると思います。その点、栁澤さんは既に適応策についての理解があるので非常に進めやすいですし、今後S-8やSI-CATで得られた研究成果を県の施策に反映できるよう、今後さらなる連携をはかりたいと考えています。

この記事は2018年12月13日の取材に基づいて書いています。
(2019年2月7日掲載)
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