Staff interview #40
阿部 博哉(HIROYA Abe)

気候変動適応センター(アジア太平洋気候変動適応研究室)研究員。滋賀県生まれ。北海道大学水産学部海洋資源科学科を卒業後、同大学大学院環境科学院生物圏科学専攻修士課程を修了。民間企業に就職後、再び同大学院に戻り博士後期課程を修了。東北大学にて特任助教を務めた後、2017年5月に国立環境研究所に入所。2021年3月まで生物・生態系環境センターの特別研究員を務め、同年4月から翌年3月まで生物多様性領域の特別研究員として勤務。2022年4月より現職。

大学時代は水産学部の海洋資源科学科に所属されていますが、そもそもこの分野を選んだきっかけはなんだったのですか?

子どものころから潮干狩りや磯遊び、海水浴、釣りなど、海に関わることをしてよく家族と楽しんでいました。当時は研究者になろうとは思っていませんでしたが、海のことをもっとよく知りたいと思い、北海道大学の水産学部を志望したんです。

学部時代は北海道の沿岸域にある厚岸湖で、アサリがどう育つのかモニタリングをしつつ、地点によってどのくらい成長度合いが変わるのか、そのメカニズムを観測してシミュレーションで明らかにしていくという研究をおこなっていました。
修士に進学してからは、アサリを中心に、たとえばカキや海草など、別の生物にも対象を広げて調査・研究を続けました。

アサリの漁場(左)と海草藻場内にあるカキ養殖場(右)

当時は、まだ湖の環境変化や、気候変動にまでは触れていなかったのでしょうか?

そうですね。ただ、博士課程に進んだときに「これ以上水温が上がったらどうなるのか」「アサリやカキの養殖量が変わったらどうなるか」ということも考え始めました。
川から流入する窒素やリンの量が変わるとどのような影響があるのか、そしてその環境変化に対してどういった対策をとるのか、というところまで研究範囲を広げたという感じです。

博士課程の前に、一度会社員になられていますよね。そのときはどのようなお仕事をされていたんですか?

海の環境調査会社で、沿岸域の環境を調べる仕事をしていました。要は、環境影響評価などを行う仕事です。たとえば干潟などを調べて、ここで開発をするとどのような影響があるか、というようなことを調べていました。
そこから「博士課程に進んでもう少し自分の研究を深めたい」と思うようになり、再び大学院に戻りました。

博士課程で行っていた研究について、もう少し詳しく教えてください。

博士課程ではアサリと並行して、湖にいる生物全体を対象に研究を進めていました。北海道には、厚岸湖以外にもさまざまな汽水湖(海水と淡水の中間の塩分を持つ湖)があります。それぞれにどのような違いがあるのか研究するべく、厚岸町の隣、浜中町にある火散布(ひちりっぷ)沼や、さらに東の根室市・別海町にある風蓮(ふうれん)湖など、ほかの汽水湖も対象に、そこに住む生き物や環境などのシミュレーションに取り組んでいました。

実際は汽水湖によってどのような違いがありますか?

もちろん面積や水深の違いはありますが、加えて川から入ってくる栄養の量にも違いがあります。たとえば上流側に酪農地帯が多いと、肥料などの影響で栄養分が多く、湖の中の栄養濃度も上がりやすくなり、変化も起きやすいです。
風蓮湖流域には根釧台地があり、牧草地帯も多いので、かなり栄養濃度の高い水が川から湖に入ってくるという特徴がありました。栄養濃度が高いと漁業資源的にもいい影響がありますが、高すぎると悪い影響が出るため、最適なバランスというものがあります。

ありがとうございます。博士課程を修了されたあとに、国環研に入られたのでしょうか?

入所する前に半年ほど、東北大学で特任助教を務めました。東北大学大学院のマリンサイエンス復興支援室に所属し、震災の影響から海がどう戻っていくのか研究するプロジェクトに参加したのです。
三陸沿岸は魚や貝の養殖が盛んなので、それらがどう育っているのか、場所によって餌や育ち方がどのくらい違うのか、どのように管理していけばいいのか、ということについて研究していました。
それまでは汽水湖を対象に研究していましたが、海は水深も、川から来る水の量も汽水湖とは異なり、まったく違った養殖体系や水環境だったので、研究をしていてまた違う面白さがありました。

国環研にはどのような経緯で入所されたのですか?

特別研究員の募集があり、いままで研究対象にしてきた水産分野とは違って生物多様性保全がキーワードだったため、これは面白そうだと思い応募しました。研究課題は、気候変動が生態系に与える影響を観測して予測する、というものです。
そこから気候変動に本格的に触れるようになり、最初に携わったのが珊瑚礁の研究です。沖縄本島から少し西に行ったところに慶良間諸島という島があるのですが、そのエリアの珊瑚礁が将来どうなるのか、どう守っていけばいいのかということを考える環境省の業務に携わる形で研究を始めました。

その後は日本の亜熱帯域の珊瑚に加え、亜熱帯域より水温が低い温帯域まで広げて珊瑚を調べ、同じく今後これらがどうなるのか、どう守っていけばいいのかという研究をしていました。

透明度が高く豊かなサンゴ礁生態系がみられる慶良間諸島国立公園

現在はどのような研究をされていますか?

現在は珊瑚に加えて、海藻や海草、その他多様な海洋生物も研究対象に入っています。場所は日本全国の、主に国立公園があるところが中心です。すべての国立公園には行けないので、比較的行きやすくて、なおかつ環境が違う場所をいくつかピックアップして足を運んでいます。
具体的には山陰地方や紀伊半島、九州西部などです。以前までは沖縄や奄美大島、四国を中心に行っていた研究を、全国でカバーできるようにしようということでおこなっています。エリアは本州の真ん中から西側が多いですね。

山陰地方の海草・海藻藻場と天草のサンゴ群集

亜熱帯に生息していた海藻が北上してきているという話はよく聞かれますが、実際に研究されていても実感しますか。

そうですね。同時に、冷たい水が好きな海藻は分布が減るという結果も出ています。要は、南から北上してくるもの、そして分布域が北側に移るものなど、さまざまなタイプがあるということです。
それらを守るための対策としては、第一に、今いる生き物をちゃんと守るということ。たとえば珊瑚や海藻であれば、それらを食べる生物もいます。そこで、どうすればそれらの生物を効率よく駆除できるか、ということも一緒に考えるのです。

一方で、変わっていくことは仕方がないという捉え方もあります。たとえばいままでいなかったところに珊瑚が北上してきたとしたら、それを観光資源としてインフラを整え、守っていく体制をどう構築するか考えるという提案もしています。

サンゴや海藻の食害生物

まさに適応ですよね。環境問題を考えたとき、やはり緩和が最初に浮かぶ人が多いと思うのですが、阿部さんは調査を通じて地域の人と接しながら、適応についてどのように伝えていますか。

話す機会が多いのは観光業者や漁業者ですが、最近の海について聞き取り調査をするとともに、珊瑚や海藻がもたらす効果などについてデータを見せるなどしています。
海で調査をしていて、地域の人に話を聞いても「いまは本当に海が変わってきているよね」という言葉が返ってきます。もちろん緩和も大事なのですが、いま起きている変化にも対応しなければならないというのが喫緊の課題ですので、きちんと適応で方策を示してあげることが大事なのかなと考えています。

多くの人の意見を聞いたり対策を立てたりするうえで、難しいと感じることはありますか。

やはり海はいろいろな人が使っているので、誰にとってどういう影響があり、どのような対策を取るべきか、人によって意見が違うんです。さまざまな立場の意見をきちんと聞いたうえで将来予測や適応策に組み込んでいかなければいけないので、そこは頭を使うところではあります。

また、この広い海をどう効率的にモニタリングするかも課題ですね。わからない部分をどのように見ていって、気候変動影響を捉えて、最後に適応に持っていくか。ひとつの場所でやっていても仕方がないので、いろいろなところで効率よく予測して適応策を考えていきたいのですが、そこが難しくて悩むこともあります。

全員にとって最善の落としどころを考えることは非常に難しいと思いますが、阿部さんにとって理想の未来とはどのようなものですか?

私たちにやれることは限られていますし、すべての沿岸域を直に見ることは難しいですが、研究者が適宜サポートしつつ、地元の人が目の前の海をモニタリングして、状況を知って、今後どう守っていけばいいのか、どう使っていけばいいのかということを、各地域のなかで議論していく風土がいままで以上にできあがればいいなと思います。

研究のやりがいはどのようなところにありますか。

それについては、まだ地域に直接還元できていないという実感があります。工業分野や健康分野などと比べて、生物多様性分野の成果は見えづらいところがあるんです。特に海の下は物理的にも見えにくいので、その辺りの状況をちゃんと研究者としてモニタリングして、みんなに伝えていくところで貢献していければいいなと思っています。
私の研究の基盤には「海の豊かさを守りたい」という気持ちがあるんです。地域の人は海のことをよく知っていると思いますが、知らない部分がどうなっているのかというところは、研究者だからこそ見ることができる部分だと思いますので、将来予測も含めてこれからしっかり伝えていけたらと思います。

今後の展望について教えてください。

私の研究は北海道からスタートして、その後、徐々に南に行き、現在は沖縄あたりまでカバーしつつまた日本の中でも広がっています。いま所属しているのが「アジア太平洋気候変動適応研究室」なので、いままで日本でやってきたことをアジアや太平洋地域に広げることが自分の使命です。今後も引き続き国内の研究を行いつつ、海外にも展開していくことが課題と捉えています。
特に温暖化の影響で、現在南で起きている問題が徐々に北にも出てくることが考えられるため、日本より気温や水温の高い地域の研究事例も集めたいと思っています。そしてこれから日本に温暖化の影響が出てきたとき、その研究成果を国内に還元したいです。

調査中に出会った魚たち

研究の一環で全国の海を見て回ることの多い阿部さんですが、旅行が趣味で、仕事以外でもいろいろな町を訪れるといいます。旅先では、その町でとれた野菜や魚を見て回るのが好きなのだとか。ひとりの観光客としてこの町がどう映るのか、自由な視点で見ながら「ここで研究したら楽しそうだな」と考えることもあるそうです。プライベートでも研究のことを考えている阿部さん、日本からアジア太平洋地域に至るまで、広く研究を進められるよう、応援しています!
取材日:2023年6月12日

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