Staff interview #42
中島 祐一(NAKAJIMA Yuichi)

気候変動適応センター(気候変動影響観測研究室)特別研究員。東京都出身。埼玉大学理学部分子生物学科卒業、東京農工大学大学院生物システム応用科学教育部生物システム応用科学専攻博士前期課程修了。琉球大学大学院理工学研究科海洋環境学専攻博士後期課程修了。その後、琉球大学熱帯生物圏研究センター研究機関研究員、東京大学アジア生物資源環境研究センター特任研究員、沖縄科学技術大学院大学海洋生態物理学ユニット研究員、長浜バイオ大学バイオサイエンス学部プロジェクト特任准教授などを経て2022年4月より現職。

はじめに、現在のお仕事について教えてください。

海の中の環境DNAに関する研究しています。環境DNAとは、水や土壌の中にある、生き物由来の組織片やフンに含まれるDNAのことです。海水から採取したDNAを解析して、その海域に生息している生物の種類を推測します。

調査しているのは、高知や愛媛といった四国の南西側の海域です。このエリアは、地球温暖化と黒潮の影響で熱帯化していると言われています。海の生き物は、海水の温度や状況によって生息地が変わるので、環境DNAを調査して生息している生き物を捉えることで、地球温暖化による影響が鮮明に見えてくるのではないかと思っています。

2022年に適応センターに入所してから、四国へ3回ほど調査に行きました。DNAを解析する機器が進化していることで、これまでは難しかった解析もできるようになりましたが、その時に採取した海水サンプルの解析結果が出るまではもう少し時間がかかりそうです。

環境DNAを採取するために、送液ポンプで海水をろ過しているところ

高知のアオヒトデ(※)

(※)アオヒトデは沖縄以南では普通種ですが、幼生が黒潮で運ばれるせいか高知でもまれに見かける種類。海の熱帯化が進むとサンゴだけでなくアオヒトデのような熱帯種も今後増える可能性も

もう1件、大学院生の時から取り組んでいるテーマがあります。サンゴの遺伝子型を調べる研究です。さまざまな場所から個体を採取し、遺伝子型の類似性を見ることで、サンゴが流れ着いたルートや、種類の幅を知ることができます。

ほとんどの動物は有性生殖のみを行うため遺伝子型は個体ごとに異なりますが、サンゴの場合は無性生殖と有性生殖、どちらの個体もいます。無性生殖の個体は、元となった親の型をそのまま受け継いでクローンを作りますし、有性生殖で生まれたものは父親と母親の遺伝子型を半分ずつ受け継ぎます。しかも、それを両方とも行う種類も多く、奥が深い生き物です。

サンゴは、生息地が温暖化の影響を受けたり、人為的に汚染されることで、生息できなくなることがありますが、遺伝子型が分かれば、その後の保全計画に生かせると考えています。全てのサンゴに同じ保全活動を行うのではなく、場所や種類によって計画内容を変えることで意味のある保全活動につながると思っています。

大学では分子生物学を専攻されていた中島さん。きっかけを教えてください。

進学した埼玉大学は理学部に5学科あり、その中のひとつだった分子生物学科に興味を持ちました。分子生物学とは簡単にいうと、生き物を物質として捉え、生物の体の中で起きていることを分子レベルで理解する学問です。常識的には生物と非生物は分けて考えられるので、考え方が異質で斬新だと思いました。大学時代は大腸菌の研究に取り組み、前期博士課程は、東京農工大学大学院でカイコの免疫について研究しました。カイコから血球を取りだし、そこから抗体を作って、病原菌に感染させたカイコの体内での免疫反応を調べていました。

その後、博士課程後期で琉球大学大学院へ進学された理由を教えてください。

分子生物学の分野は、自分と同じような研究をしている人も多く、今後の研究テーマを広げるには分子生物学と別の学問を融合させる必要があると思いました。当時から環境問題に興味があったことと、サンゴの生態や取り巻く環境の奥深さを聞いたことがあり、サンゴを使って分子生物学と生態学を融合した研究を行おうと琉球大学に進みました。生態学は、野外での生物の行動や特色など、目に見える現象を調べる学問です。二つの学問が融合すると、生物の体の中で起こっていることと、野外でどのような挙動をしているのかをつなげて知ることができます。

大学院生の頃から約12年間、沖縄で海の生き物にまつわる研究を続けられた中島さん。サンゴ研究の面白さを教えてください。

サンゴは見た目では種類が分からないものが多く、DNA解析で種類の違いが判明することが多いです。なので、見た目だけで研究を進めると種類の判別を誤って研究結果が変わることがあります。面白いと感じたのが、見た目が似ていても別の種類だったり、容姿が全く異なっても遺伝子的には同じ種類だったりする場合です。サンゴは波当たりの強さなどの生息環境で形が変わるので分子生物学的な方法で種類を調べることが重要です。

高知のサンゴ群集

サンゴは共生している藻類がいることで光合成もします。常識からは外れた発見があり、それが面白い点でもあります。サンゴ礁の海の底は立体構造になっているので、サンゴの生態系が明かされるほど、それにひもづいて海の中で起きている現象が解明されていくと思います。

適応センターに来てからもサンゴの研究を続けていますが、最近はコンピューターの進化により、バイオインフォマティクスという、生物学とITが融合した分野も発展してきました。DNAなどはこれまでとは比べられない時間で解析できます。ただし、使いこなすにはITの知識と生物学の知識がどちらも必要なので、多角的な視点で研究を進めていきたいです。

昆虫食の研究について教えてください。

適応センターに来る直前に、次世代のエコフードとも言われる昆虫食の研究をしていました。フィールドが海の生き物から昆虫へと変わりましたが、それまで行っていた遺伝に関する研究が役に立ちました。

昆虫は、牛や豚のように美味しく食べるための品種改良はされていません。どうしても「美味しくない」というイメージがあるので、味の品種改良をするための研究に取り組みました。美味しいと言われる種類を食べたことがないのですが、台湾にいる“ジャイアントクリケット”と呼ばれる種類は美味しいと聞きました。美味しいというのは、人間にとってのうまみが多く含まれていたり土臭さが少ないことなどが理由だと思います。そういう感覚的なものを遺伝子的な角度から知ることができると、品種改良も進みやすくなるはずです。昆虫は死亡率が高いので、生命力の強い種類を選抜したり、環境を整えることも重要です。日本人は虫が苦手な人も多いので世間へ浸透させるハードルはまだ高いのですが、これからの可能性が期待できる産業だと感じています。

今後の研究を行う上での課題や、目標を教えてください

今後は、環境DNAを使って、生きた生物を自然界から採取しない方法で研究を行っていきたいです。「自分は保全のための研究をしているから海の生物を採っていい」というのは、考え方が矛盾していて、生物を傷つけることにもなります。気候変動や環境汚染の影響を受けている生物にさらに打撃を与えてしまうことになるので、海水を使って調査ができる環境DNAの研究を模索していこうと思っています。

また、研究で得た知見を発信することも、研究者の責務だと考えています。学生時代に水族館でアルバイトをしていたことがあって、サンゴの赤ちゃんを見た子どもたちがとても喜んでいたことを覚えています。研究を進めるだけではなく、子どもたちへ今の海の中の様子を伝える機会が持てるといいなと思っています。そのためには、なるべく専門用語を使わないで説明ができるよう頑張りたいですね。

国環研への入所を機に、茨城へ移住した中島さん。休日に車で出かけた際、「こんなところで道を譲ってくれるんだ!」と茨城の交通ルールの良さに驚いたそうです。今後はご自身の研究内容を子どもたちにも伝えていきたいとのこと。子どもたちにとっても、海の生き物と環境問題を結びつけて考える良い機会になると思います。中島さん、ありがとうございました!
取材日:2023年9月5日

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